あいべやノ歌・II ページ4
「そういえば、これ...その...どうだ?」
ユメラが振り返ったハルトの顔を覗き込んだかと思うと、可愛らしいレースで装飾されたケースからきらきらと光るトランペット「シリウス」を取り出す。
そうして、マウスピースに唇をつけないよう気を張りながら吹く真似をした。
「あー...かわいいと思うよ」
「なんでや!」
ユメラの回し蹴りが空気を切り裂く甲高い声をあげ、ハルトの腹すれすれを掠める。ハルトが反射的に一歩下がらなければ、危うく吹っ飛ばされて壁をぶち破りそうな勢いである。
「すみませんでした」
可愛いという言葉を意味的にも物理的にも容赦なく足蹴りにし、ユメラがハルトへ鋭い視線を突き刺した。ハルトが大きな身体を少し萎縮させる。
「ユメラくんはやっぱりおっかないなあ」
やはり無表情ながらも両腕を摩って見せるハルトに対して、ユメラが眉間にしわを寄せつつ「なんで可愛いって感想が出てくるんだよ」と詰め寄った。
「僕が聞きたかったのは吹くときの姿勢だ。」
「姿勢?」
「明日は僕達がイーハトーヴの遺跡の見回りだろ?明日演奏を失敗したらマズイから、正しい姿勢になってるかみてやるって言ったのは、ハルじゃないか。」
ユメラが頬を膨らませ、ガチャガチャと寝室の扉を開けた。
「そっか。ごめんね。唐突にやるものだからよく分からなくて...
もしかして、犠牲者の話をしたから不安になったのかい?」
「なっ...ちがうよ!!」
首を傾げるハルトに対してユメラはぷいっと外方を向き、机に置かれたハルトの本の山を掻き分けて窓を開けた。
ユメラはつんでれというやつである。
開け放たれた窓からは、淡い月の光と夜風がひそやかに入ってくる。
少年のきめ細やかな頬を撫で、風が部屋を通り抜けた。
「あー...駄目だよ。動かしたら、ユアさんから借りた本と僕のが混ざっちゃう...。あと寒い」
「はぁ...あとでちゃんと整理しといてあげるから、ハルはもう寝てなよ」
窓枠に手を預けたまま、振り返らずにひらひらと手を振る。
「ユメラくんってお人好しだよね」
「なっ...!め、迷惑だから片ずけてやるだけなんだからな!」
「そうなの?でもありがとう」
ハルトの言葉につんのめって後ろを振り返るユメラをよそに、ハルトが厚着の普段着から厚着のパジャマ着替え、もそもそと布団に潜る。
ほっこりとした表情で欠伸を零し、明日も無事でいられますように、という願いを心に秘めた束の間、彼の意識は夢の中に落ちて行くのであった。
7人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:冬目 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/orazu/
作成日時:2017年10月17日 1時