幽韻奇譚 ページ7
※別作品として出す予定だったもの(訳:断念した)
その森は生きている者の侵入を拒んでいた。
所狭しと真っ黒な葉を生やした木々が立ち並び、その隙間を埋める様にして粘度の高い静寂が漂っている。インクカートリッジの中身をぶちまけたかの様に濃い濃紺を湛えた空には星も月も見えず、唯一の頼りである街灯すらポツンと一つ佇んでいるだけ。おまけにその人口灯はこれから消えますよとでも言いたげにチカチカ点滅しているのだから、見る者に与える不安感を寧ろ助長させている。眩いライトに照らされて育った普通の現代人であればこんな場所に足を踏み入れたくないと思うのは当然だろう。そう、普通の現代人であれば。
「高鳴る鼓動に気付かぬフリをしながら綾子さんはカーテンをそっと開けました。外はもう真っ暗で、硝子戸には彼女の顔がくっきりと映し出されています。窓越しの風景はいつも通りのヨコハマの街で、何ら変わった所はありません。“きっと気のせいだったのだろう。”綾子さんが無理矢理自分を納得させてカーテンを閉めようとした____その時。ずるずるずるっと音を立てて何かが窓硝子を滑り下りてきたんです」
不自然に低く押さえられた声が木立の間で反響する。意識的に厳かな声を出すのに疲れたのかその少女はそこで一度言葉を切り、息を吐いた。濡羽色をした絹糸が肩から零れ落ちる。暗闇にぼんやりと浮かぶ白い肌、猫の眼の様にきらりと光る瞳の中の黒曜石、身に纏った鮮やかな唐紅の着物。その姿は大和撫子と呼ぶに相応しい美しさと幼子特有の愛らしさを持ち合わせており、とてもこの奥深い山の中とはマッチしているようには見えない。彼女は手が汚れるのも構わず自身が座っている岩に少し触れた後、相手の反応を窺うように顔を上げた。
だが唯一の聞き手である人物は酷く大真面目な表情で続きを待っていた為、彼女は数秒の間を宙に浮かせた後ゆっくりと口を開いた。この、自身の蒐集した嘘か真かも分からぬ____まあ殆どは嘘なのだが____怪奇譚をフィナーレへと導く為に。そしてまた、今まで一度たりとて怯えさせられた事のない相手に恐怖を与える為に。
「綾子さんはそのモノを見た瞬間、声にならない悲鳴をあげました。小花柄の真っ赤なワンピース、烏の羽の様な黒髪、額に刻まれた生々しい傷。そう、それは血まみれになって変わり果てた親友の姿でした」
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十弧(プロフ) - 通りすがりの理鶯推しさん» まずは身に余る程のお言葉を頂けた事、心より感謝致します。私の年齢上ここでの活動が丁度良いというのと名前変換機能が便利という事で今まで執筆して参りましたが、仰る通り他サイトでの活動も検討してみたいと思います。貴重なご意見有難う御座います。 (2019年4月1日 23時) (レス) id: f05eea04c6 (このIDを非表示/違反報告)
通りすがりの理鶯推し - 作品を読んでみて、貴方の文章はもっと多くのヒプマイファンに読んでもらいたい程上手いと思いました。小・中学生が多く利用している占いツクールで才能を伸ばすのも良いですが、Pixivなど作者のレベルが比較的高い場所で活動をしてみてはいかがでしょうか? (2019年4月1日 23時) (レス) id: 187c3cfb3f (このIDを非表示/違反報告)
十弧(プロフ) - 月崎伊吹さん» コメント並びに身に余るお言葉、有難う御座います!ぱっと思いつくままに書き綴っていたのですが、しっかりと楽しんで頂けたようで嬉しい限りです。更新は不定期になりますがこれからもご期待に添えるよう精進して参ります故、何卒宜しくお願い致します。 (2019年3月4日 23時) (レス) id: f05eea04c6 (このIDを非表示/違反報告)
月崎伊吹(プロフ) - 作者さんの語彙力の凄さと、表現の美しさに引き込まれました! これからも更新頑張ってください。応援してます。 (2019年3月4日 23時) (レス) id: 275071a833 (このIDを非表示/違反報告)
十弧(プロフ) - 市さん» 申し訳御座いませんお詫びにうちのグロリアが脱ぎますまあ嘘ですけど()新作と言っても続くか分からないネタ庫のようなものなのでゆるーく読んでもらって大丈夫です。 (2019年3月2日 10時) (レス) id: f05eea04c6 (このIDを非表示/違反報告)
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