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久しぶりにあのカフェに行ってみると、ドアに貼られていた臨時休業の紙はなくなっていた。それを見てはやる気持ちを抑えながら、ドアを押し開ける。
「いらっしゃいませ。」
席について少ししてから水を持ってきてくれたのは、いつもキッチンにいるはずのあの人だった。七五三掛さんが「しず」と呼んでいた人。そういえば、まだきちんと名前を聞けていない。
「すいませんでした、店しばらく休みにしちゃって。」
「いえ…」
「あ。しめなら、明日は出て来れると思います。」
それだけ言うと、手早く私の注文を取ってキッチンに戻ってしまった。もともとお客さんの数は少ないからなんとか1人でも回せているようだけど、さすがに忙しそうだ。
私は持ってきた本を広げて、ゆっくり話の出来る機会をうかがうことにした。
「……それ、」
いつの間にか本を読むのに没頭していたらしく、頭の上から降ってきた声でようやく我に返る。気づけば時間は閉店間際になっていて、私の他にお客さんはいなかった。
「あいつに、それ渡されたんですか？」
驚いたように見開かれた目が、私の左手……桜の栞を映している。
「はい。……お母さんの形見、なんですよね？」
呆然と栞を見ていた目が、ようやく私の顔をとらえた。椅子を引いて、おもむろに私の正面に座る。
「……しめがそこまで教えるってことは、本気なんだな。」
「え？」
「あの、あいつ…しめのこと、どこまで聞いてます？」
どこまで、と繰り返して、私は他に誰もいないこの空間に一瞬視線を泳がせた。
卑怯なことをしてはいけない。あなたが思っているほど彼のことを知っているわけではありませんと、正直に言わなければならない。
分かっているのに、私の理性は上手く働いてくれなかった。自分のことをほとんど話そうとしなかった、あの人のことを私はもっと知りたい。
それは好きな人の体に触れたいと思うのと同じくらい曇りがなくて、汚れた欲求だった。
「…聞いています、全部。」
こんな安い嘘、すぐに見抜かれると思った。見抜いてほしいと思っていた。
それなのに、
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作者名：おさと | 作成日時：2023年3月18日 13時
