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「来年?」
意外にも私の言葉に織慧が振り返った。僅かに双眸が見開かれている。
「姉さん、資金はあるの?独立するなら住居の用意や、水道代や光熱費のことも考えないと。就職するにしても最初の資金がゼロだと、大変なことになるわよ」
「あんた、本当に小学生よね?お金なら多分何とかなると思う。バイトしてるから」
つい当たり前なことを聞いてしまったが、織慧は気にしていないようだ。そんな露骨に私の一人暮らし宣言に反応するとは思わなかった。
バイト、という単語に織慧が反応する。
「バイトしてるの?」
「う、うん。婆さん達には黙っててよね」
「わざわざ教えるメリットが無いでしょう。バイトって、どんな?」
やたら食い付きがいいわね。多分裏なんてないだろうと思いつつ、疑いながら渋々口を開いた。
「……まあ、掛け持ちしてたから、色々。コンビニとか、ホテルの清掃とか。あと、ガソリンスタンドの求人とか」
「ふーん」
織慧は途端に興味を失ったように、冷静な態度に戻った。
一体何なわけ?困惑する私をよそに、織慧は相も変わらず辞書のページを捲っている。いったい何を思いながら眺めているのだろうか。
「織慧は?織慧も一人暮らししたいって思ったりしないわけ?」
何となしに聞くと、織慧は一拍置いてから「そうね」と聞いているのかいないのか分からないような返答をした。
「先の事だから分からないけれど、多分私も一人暮らしすると思うわ。ずっと実家にいるのは違う気がするし」
「フツーにド田舎だから、交通の便も悪いしね」
「都内の方が働く所も見つかりやすいかもしれないわよね。姉さんは上京するの?」
辞書からは手を離さずに、織慧がまたちらりと私の方を見た。今日はやたら私に興味を示してくるな。なんでだろう。頭の片隅に疑問を感じながら口を開く。
「うん、そのつもり。独立するなら絶対都会暮らしが良いって、決めてたんだよね」
「へえ、そうなの。確かに姉さんならそう言うと思った」
言いながらページを捲る手を止めて、織慧は椅子から降りた。
「あんた、結局何してたの?勉強……ってわけじゃなさそうだし」
「新しい本が欲しいってお母様に言ったら、前買ったばかりでしょって怒られたのよ。一冊くらいすぐに読み終わるのにね」
「……それで辞書読んでたの?」
「ほとんど読むって感じじゃなかったけれど、作り話を読むくらいならタメになる辞書を見た方がいいって、お婆様が」
なるほど。納得した。この家の大人達は一々私達の言動を報告し合うんだから、それもまた気持ち悪い。
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