87話、憎悪の対象 ページ38
キラキラと光る水面を前に、二人はベンチに座っていた。中島は自身の膝に顔を埋め、Aは彼の口から漏れ出る言葉を静かに聞いていた。
あの後Aは、パニックを起こした中島を何とか鎮め、一旦現場を離れたのだった。
「…信じられないです。あの院長先生が死んだなんて」
『…悔やまれるんでしょうか。被害者の死が』
「“悔やまれる”?」
Aの言葉を繰り返し、中島はゆっくりと顔を上げる。「悲しい」「寂しい」…そんな単調な感情は元より無いはずだが、彼の心に浮かんでくるこの感情に名前をつけるとしたら、きっと。
「最高の気分ですよ…!毎晩魘される悪夢の原因が消えたんですよ!?」
『…被害者がこの街に来た理由に興味は?』
「知りたくもないです」
関わりたくない。相手の情報を頭に入れたくない。その絶対的な拒絶は、自分を守る為なのかもしれない。見捨てられて生きていた幼少期に受けた様々な苦痛。それはどんなトラウマを植え付けただろう。
中島が幼い頃、彼は牢屋に閉じ込められた。冷たい月明かりが差し込み、憎い相手を照らす。
“「お前は、私が嫌いか?」”
“「何故自分が監 禁されているか、分かるか?」”
“「貴方が、僕を嫌いだから」”
そこで中島はハッとする。己の異能力を自覚した今だからこそ分かる。自分が閉じ込められていたのは、虎になって暴れたからである。冷たい石造りの床に座り込んで自分を睨みつける中島に、院長は言ったのだ。
“「お前はいつか外の世界に出る。その時は敦、私を憎め。決して、己を憎むな」”
「私を憎め」と、彼は何度も言った。
▽▲▽
『被害者は、貴方の激励に来たのだと思いますよ』
空が赤く染まる頃、探偵社の屋上にいた中島に、Aは一枚の紙を差し出した。それは遺体が握っていたものと周辺に落ちていた一部を貼り付けた物だ。組合戦で中島が活躍した記事が大きく出ており、彼の写真も載っている。その写真は黒ペンで大きく囲まれていた。
『この記事で貴方の活躍を知ったんでしょう。孤児院の職員から裏付けも取れましたし、やはり貴方に会いに』
「あり得ません!! 絶対に! あの人がッ…そんな…」
今日はよく言葉を遮られる日である。色々な感情が湧き上がって消えてくれないのだろう。顔をグシャリと歪めた中島は、屋上から走って出て行ってしまった。
142人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
雪山(プロフ) - ラムネさん» ものすごい勢いのお褒めの言葉、ありがとございます!これからも頑張ります! (2022年11月22日 21時) (レス) id: e986202370 (このIDを非表示/違反報告)
ラムネ - もうこの作品大好き!!ああああああ!!もうなんなの!歳上なのに部下とか!好き!!そして男主の性格好み過ぎな?もうこの作品神!そしてこの作品生み出した雪山さんはもう神以上!更新頑張ってくださいいいいい! (2022年11月22日 19時) (レス) @page27 id: be178889d7 (このIDを非表示/違反報告)
雪山(プロフ) - Yasi123さん» なんて嬉しいお言葉…!これからも励んでいきます。 (2022年9月15日 20時) (レス) id: e986202370 (このIDを非表示/違反報告)
Yasi123(プロフ) - 最近見させていただいています。とても面白いくてめっちゃ好きです。男主くんのキャラがすごい好きです。頑張ってください (2022年9月14日 22時) (レス) id: ea7056b992 (このIDを非表示/違反報告)
雪山(プロフ) - elliscat810さん» 嬉しくて舞い上がってしまいました。コメントありがとうございます。 (2022年8月30日 14時) (レス) id: e986202370 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:雪山 | 作成日時:2022年5月20日 17時