夏の旋律 ページ36
ねえリュウ、と小さく薬室長が呟いた。
緑が薬室の硝子越しに揺れている。
日差しの強い夏の日だった。
差し出されたミントのお茶を飲んでそちらへ視線を向ける。
「私がA殿下の先生をやっていたってことは前話したわよね」
確認するようなその言葉にうなづいた。
どことなく真剣そうな顔をしていて、流石のおれでも何となく大事なことなんだと察した。
「最初の毒薬投与の時、気になったことがあったの」
最初の毒薬投与と教鞭をとっていたことに何の関連性があるのか。
そう口に出しても本題が遠のくだけかな。
「リュウはリューくんと呼ばれる殿下の友人のことを知っている?」
その言葉に、心臓がつかまれるような感覚がした。
やましいこととかがあるわけじゃない、なんでかびっくりして、思わず目をみはる。
「やっぱり。殿下の昔の友人ってリュウのことでしょう?」
どう返すのが正しいかなんていうのも分からないから、とにかく静かにうなずいた。
「昔殿下がとてもうれしそうに報告してくれたの。ただある日を境に会うことがなくなってしまってね」
胸が痛む。
父さんが死んでから、まだ幼く家を継ぐ能力のないおれは子供のうちはと親戚に預けられた。
それからオリオルドから離れた土地に連れてかれたおれは子供だから会いに行くこともできず、そのまま。
「身の上から何となく会えなくなった理由はわかるけど、なんでそれを本人に伝えないの?」
「……覚えてなかった。Aを治療したとき、再会したとき、何の反応もなかったから」
向こうが覚えていないというのに、初対面であるおれがいきなり昔友達だったなんて伝えても不審に思われるだろう。
「それに、少しでも覚えてたらひとことくらい言ってくれるかなって……」
「なるほどね……不器用なんだから。どちらにせよ殿下の友人になっていることに変わりはないから良いのかもしれないけど」
そうつぶやくと薬室長ははぁとため息をついて悩ましげに目を伏せた。
「本当に、A殿下はおぼえてないのかしらね」
「……?」
「だって年齢が一桁の頃って言っても仲良くしていた子のことだったらふつう覚えているものじゃない?」
そうは言われてもおれはわからない。
普通がそうなのかたまたまおれの記憶力が良いだけなのか。
「おれには、わかんない」
そういうと、薬室長はフッと優しく目を細めて笑った。
「無理しなくていいわ。距離を詰めるのは怖いもの」
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天泣tenkyu(プロフ) - 黒髪の白雪姫さん» こちらの作品も読んで頂けるとはっ、とても嬉しいですありがとうございます(*^_^*) (2018年2月5日 23時) (レス) id: 141d644f20 (このIDを非表示/違反報告)
黒髪の白雪姫 - お久しぶりです(〃^ー^〃)この作品にお邪魔します♪凄く面白いです!( ^ω^ ) (2018年2月4日 16時) (レス) id: efdbcf38a9 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:天泣 | 作成日時:2017年11月29日 22時