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逃げるように廊下を急ぐ。
下を向くのだけは前と変わらないけれど、その理由はこの酷い顔を誰かに見られたくないからで。
いない。いない。どこにもいない。
私の視界を邪魔する幽霊はもう居ない。それはつまり、私の高専内での存在意義も危ぶまれているということ。
「悠仁、きっと喜ぶと思うよ。」
先生の言葉を反芻する。
何が悲しいって、その言葉が指す光景がありありと目の前に浮かんでしまうこと。
優しい虎杖君は、私を助けてくれた。
誰よりも優しい彼のことだから、きっと、この事実を告げれば笑顔で良かったなと声をかけてくれる。
その、後は───
「橘!」
最悪の事態が脳を掠めた瞬間、頭の中にいたはずの彼の声が鼓膜を揺らした。
数拍遅れて振り返れば、案の定虎杖君がこちらに向かっており。
「どこ行ってたの?」
「あ、……えっと、テレビ見ようと思って。」
「なんだ、それなら俺も呼んでよ。」
急に居なくなるからびっくりした、と虎杖君は私の手を握る。
きっと彼に他意は無い。とうに慣れてしまったはずのこの行為。それでも今の私には、その優しさが、痛くて。
「…………橘?」
詰まり気味の言葉や、優れない私の顔色を察して虎杖君の表情が曇る。
言わなきゃいけない。
もう体に触れる必要は無いのだと言わなければならない。
私は貴方がいなくても大丈夫だと。貴方の傍にいる理由なんて何も無いと、本当のことを伝えなければならないのに。
「……なぁ、大丈夫?具合悪い?」
きゅ、と力の篭もる手。縋るような虎杖君の瞳。
「大丈夫」
私は。
「何も、ないよ。」
───私は、言えない。
「……本当?」
「うん。ちょっと考え事してた。」
「ふーん……そう。
……あ!そうそう、釘崎と伏黒がさ……」
取り敢えずの話題が逸れて、笑顔の裏でほっと息をつく。
ごめんなさい、虎杖君。
私、貴方が思うようないい子じゃない。
言わなきゃいけないことを言い出す勇気が私には足りない。
一人になる勇気が、私には。
「……で、今から伏黒の部屋で集まるらしいから、橘も行こうぜ!」
屈託のない笑顔。
私を疑う心持ちなんて一つも見当たらない。
握られた手に、そっと力を込めた。
「うん……行く。」
狡くてごめんね。
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ひめな(プロフ) - めっちゃ私の好みの小説でした!出来れば続編のパスワード教えて欲しいです! (12月9日 2時) (レス) @page45 id: b03f19678b (このIDを非表示/違反報告)
眠民。 - 初コメ失礼します!ゆきさんの呪術廻戦シリーズ一気読みしました!!最っ高でした‥虎杖大好きなのでほんと嬉しいです。。虎杖の作品少ないですよね😭😭共感してくれる人いた‥。本当に神作品をありがとうございました!長文失礼しました!! (11月26日 14時) (レス) @page45 id: 7e432fa76e (このIDを非表示/違反報告)
みるちょこ(プロフ) - コメント失礼します!とても素敵な作品でした!続編のパスワード教えて欲しいです! (2023年3月17日 22時) (レス) id: 2858c63edd (このIDを非表示/違反報告)
ライム - すごくいい作品でした!最後の言葉なんて言ったのかめっちゃ気になります!こんな最高のお話を作ってくれてありがとうございますm(_ _)m (2022年11月5日 12時) (レス) @page43 id: e7904a37c4 (このIDを非表示/違反報告)
あい - 続編のパスワードを教えて頂きたいです! (2022年9月19日 4時) (レス) @page45 id: ea066f037b (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ゆき | 作成日時:2021年1月30日 23時