境 ページ30
遠くから、だれかがなにかをいっている。 ぶつぶつ。 同じことをくり返している。 耳をすませる。 だんだんと声が近づいてくる。 まばたきをすると、そいつが隣にいた。 おれの耳もとで、忙しなく口を動かしている
「鬱は甘えだ。 鬱は甘えだ。 鬱は甘えだ」
全身が総毛立った。 おれは急いでそいつの傍から離れた。 追ってはこない。 だけど、声だけが、おれの耳もとに張りついている
「鬱は甘えだ。 鬱は甘えだ。 鬱は甘えだ」
おれは耳をふさいだ。 無意味だった。 だけどふさいで、ひたすら走った。 なにもない、ここはいったいどこ?
「鬱は甘えだ。 鬱は甘えだ。 鬱は甘えだ」
黙れ。 黙れ、黙れ、黙れ!
おれの思いは言葉にならない。 舌の上まで出かかっているのに、音にならない。 いつまでもおれの中にいて、もどかしさだけを積みあげる
眼の前に、かつての友人が手を振っていた。 笑いながら、おれを指さして、……どろどろと崩れていく
「鬱なんて甘えだろ。 もう大人なんだから、しっかりしろよ」
「俺らはちゃんとやってんのになあ」
「できてないの、キヨだけだよ」
笑っている。 笑っている。 おれを笑っている
おれはその場にくずおれた。 沈んでゆく。 どこまでも、どこまでも堕ちてゆく
底なしの畏怖に包まれる。 友人は友人でなく、ファンはファンでなかったのだ。 はじめからおれの独り舞台だったのだ。 ピエロのように涙を隠しながら、笑顔を提供なんて、できるはずもなかったのに
堕ちてゆく。 堕ちてゆく
「鬱は甘えだ。 甘え、甘え。 みんなができてること、おまえだけできてない。 甘え、甘え」
声が何重にも聴こえる。 おれを責める、責めたてる声が。 おれが悪いのか? 悪いのはおれか?
おれは言葉にならない咆哮を轟かせた
それでも尚、非難の声は鳴りなまない
おれは泣きながら、叫びつづけた
ラッキービデオ
クッキングママ
106人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:玲佳 | 作成日時:2020年4月4日 19時