忘れられない １

28 ページ29

もう、やだ。
こんな苦しいのやだ。

ご飯を食べて、ちょっと落ち込んでたら。
大野さんが黙ってロイヤルミルクティをいれてくれる。

甘さが、ゆっくり体に染み渡る。
暫くしたら、取引先が来たって言って、慌てて櫻井さんが戻る。

めずらしく、大野さんと二人きり。
「大野さんって、絵描きさんだったんですね」
「あれ？知らなかった？あそこにかかってるの、おれの絵」
「そうだったんだぁ」
じーっと見てるうちに、
絵が好きなんだな、って思えて泣けてくる。

「なんかあった？」
「素敵な絵だなと思って」
「それだけじゃないでしょ」
「うん……ちょっとだけ凹んでます」
「そっか」
「はい……でも泣きません！」
「うん。もう泣いてるけどね」
「私ね、たまたま目から水が出てくる特殊体質なんですよー」
「ああ、たまにいるね」
「ふふ」

黙って、切なさと、向き合う。
好きなのを、やめた方がいいのかな。
やめちゃおっかな。

なんてね。無理。
もう何回も諦めようとして、
100回諦めようとおもっても、
101回目の、大好きが、いつも来る。

101回、諦めようと思ったら、
102回目が。

もし102回目で会わなくなったら、
103回目は来ないのかな？

……会わなくなったら？

叶わなくて苦しいのと、会えなくて苦しいの、
どっちが辛いのかな。

今は、会えなくなる方が、辛い。
いつか、逆転しちゃうのかな。

優しい肌触りのマホガニーのカウンターに頭を乗せる。
今ごろ、ふたりはご飯食べに行ってる？

好きだよって、言っちゃった？

涙が止まらなくて、困る。
困る。
仕事に戻れないよ。

「大野さん、どおしよ、涙止まんないよ？」
「あれ？それ水じゃなかった？」
「水でした……」

「遅くなっちゃったあ！」
雅紀くんが、いきなりバーンって入ってくる。

「……」
「……あ、いらっしゃい」
「もーまいったぁ。ここにくる前にさ、クレームが来て……Aちゃんどうした？」

慌てて顔を隠す。
なんで来たの？あの子、どうなったの？

「ね、どうしちゃったの？大野さん？Aちゃん？ねね、Aちゃーん」
「放っておいて……」
「なんかあったの？」
「……」

「相葉ちゃん、おひる食べる？」
大野さんの柔らかい、声。
「……あ、うん……」

静かな空間。
何の音もない。
このお店、こんなに静かだったんだ。

ああ、こんなに、静か。
いつも皆がいるから、知らなかった。

29→←27

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す