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それを聞いたからか。
松本さんはもっと優しくなった。
ほんとはとっても優しい人なのに、あんまり優しくしたら期待を持たせることになるって、そういう葛藤にいつも悩まされてるんだろうな、きっと。
これ食べる？おいしいよ？とか、おかわりいいの？とか、もう二次会解散したかなあ、とか、口調もちょっと甘ったるい感じになった。
きっと普段、突っ張ってるというか、踏ん張ってるんだろう。
ふわあ、って天使みたいな笑顔は、毒みたいに私の心に澱を残す。
その甘さはもっと好きにさせるってこと、気付かないのかな、罪な人。
飲んでるのに、どんどん頭の芯が冷めていく。
手足が冷たくなってるのに気付いて、手を握り締めた。
この甘さを独占する人がいる。
ずるい。
この人が、私だけの人になったらどんな気分だろう。
私から恋人を奪ったあの子も、こんな気分だった？
周防さんが私だけのものになったらどんな気分だろうって？
いいなあ、って羨ましくて泣いたりした？
この愛おしい時間が永遠に続けばいいのに、って祈ったりした？
今だけは、私の彼だ、って優越感に浸ったりした？
ねえ。教えてよ。
罪悪感はあったの？
それより、彼が欲しくて欲しくて、彼女の存在なんかどうでもよくなった？
なりふり構わず、奪おうって思った？
多分、そんな必死ですがりついたあの子に、彼は、堕ちた。
可哀想にって思ったのかも。
もしかしたら必死な彼女に対する、人助けみたいな気持ちだったのかも。
……泥沼に嵌るまで、そこが泥沼だなんてだれも気付かないのです。
「ん？どした？寒い？」
松本さんの肩がとん、と私の肩にぶつかった。
声が、体に響いた。
「寒い……」
なんてね、甘えてみたら、なんていう？
「じゃあ、俺の上着……」
「うそ、うそです、なんかね、ちょっと寒いって言ってみたくなっただけ、寒いのは心です、だから平気。こう見えて体は頑丈なんです」
慌てて否定した。
あの子みたいになりたくないの、私は。
人の悲しみの上に堂々と座って、ごめんねって嘘の謝罪を繰り返すあの子にはならない。
ごめんね？
ごめんねって何。
彼を奪ってごめんね？
泣かせてごめんね？
私が幸せになってごめんね？
ああ、反吐が出る。
「体より心が寒い方がやべえだろ……」
松本さんが、私を見下ろした。
目が合う。
きらきらしてる。大きな目。
「ほっとけない」
松本さんが、うめくように、呟いた。
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作者名：よしの
| 作者ホームページ：
作成日時：2015年10月13日 10時
