おうちゆきち【文スト・社長】

(２) ページ10

諭吉が、取り乱したように、大声を出すのは。
心配だから。

諭吉は、ただ心配なのだ。
恋人に、傷の一つも付いて欲しくはないのだ。

『頼む』、と絞り出す諭吉の顔は。
すでに心配よりも、悲壮に満ちている。

わかっている。

わかっているけれど……、
大袈裟すぎは、しないだろうか？

「レイヤ、試しにやってみろ。『猫の手』だ」

今度は、親身になって教えてくれる教師のように。
諭吉がレイヤの左手を取る。

じっと、左手を見つめる、諭吉の瞳。
睫毛が掛かる、憂いの瞳。

「さあ、レイヤ」
「……あ、うん。……こんな感じ？」

「違う、もっと、この指を軽く丸めるようにして……」
「そっか……、ちょ、諭吉さんが触ると、くすぐったい」

「ほら、こうだ。この指を……、こう……、猫の気分で……」
「え？ 猫の気分？」

思いがけない単語が、諭吉の口から飛び出した。

「あっ、あはははっ！ 猫の気分って、なんですか、それ！」
「猫の気分……。猫の手をするに、猫の気分は不可欠だ」

「えー？ 手だけじゃなくて、心も猫になりきる感じ？」
「そうだ」

「ふふふ、おかしい。じゃあ、ついでに鳴いてみます？ 『にゃーん』って？」
「ああ、鳴け」

「え、ホントに？ 『にゃーん』？」
「そうだ。レイヤが、もう二度と指を切らぬよう……、猫の手、猫の気分、猫の鳴き声、だ。忘れるな、レイヤ。決して忘れるでないぞ？」

大真面目だ。

思わず怯んでしまうほどに。
真剣な諭吉。

元はと言えば、ほんの少し指先を切っただけなのに。
笑って受け流してくれれば、それでいいのに。

だから……

「うーん、でも、忘れちゃうかも。……私、『馬鹿者』だから」
「！？」

「あ、違うか。『大馬鹿者』、か」
「！！」

「……でしたよね？」
「ち、違う！ レイヤ！ あれは、そのような意味で発した言葉では……っ！」

「じゃあ、どういう意味？」
「そ、それは……」

諭吉が、一層苦しそうな顔をして。

「……それは、『愛している』、という意味だ」
「！」

結局。

この愛を前にして、レイヤがどうこうできるのは、ここまで。

「レイヤ、愛している」
「……」

「愛してる。ただ、それだけだ」
「……うん、わかってる」

「レイヤ……、好きだ。大好きだ。愛してる」
「うん……」

左手が、諭吉の両手にすっぽりと包まれて。
諭吉の額に当てがわれ、祈りを……、愛を捧げられたなら。

「うん……、私も、好き。諭吉さんのこと、大好き」


…………愛してる。

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