おうちゆきち【文スト・社長】

(４) ページ48

「えっと、だから……、今日はもう四回もしてますよ、キス」
「…………いや」

「え？」
「いや、していない」

「え、なんで！？ キスしたでしょ！？」
「していない！ たったの四度しか、していないっっっ！！！」

諭吉は、大きく息を吸い。
叫んだ。

「四回しかしていない、ということは！ つまり！ していないも同然！ していないのだ！」
「……」

「故に、レイヤをチュロスにしてしまった！」
「……えーっと、久しぶりに諭吉さんの言ってること、ミジンもわかんない。ちゃんと、最初から説明してもらってもいい？」

困り果てた表情のレイヤに。
諭吉は「無論だ」と、力強く頷いた。







初めて、この部屋に足を踏み入れた時。

自分とは住む世界の違う、まったく異質な空間に入り込んでしまった……
と、思った。

当たり前だ。

これまでの、福沢諭吉の四十五年の人生において。
二十以上も歳が下の、異性の部屋になど。
訪れる機会はなかったのだから……。

自分との接点など、微塵も見つかるはずもない、この部屋で。
自分と、レイヤとの間にある現実を、まざまざと見せつけられて。

落胆と絶望の入り混じったような、情けない感情が生まれた。

ともすれば、回れ右をして。
今すぐにこの部屋から飛び出してしまいたい……。

これ以上、互いの差異を痛感し、苦しい思いをする前に。
逃げ出してしまいたい……。

そうも、思ったものだ。
小さな本棚の上に置いてある、絆創膏の箱を見つけるまでは。

そして、今。

その絆創膏の箱の横には。
あの時にはなかった、一枚の写真が。

猫を頭の上に乗せた自分と。
その腕に、しがみつくようにして笑う、レイヤの写真だ。

互いに好意を伝え合い、恋仲になる、二時間ほど前の写真なのだが。
レイヤの笑顔には、すでにしっかりと、愛が見て取れて……。

つまり、レイヤは。
愛してくれていたのだ。

あの頃から、ずっと。
初めから、ずっと。

福沢諭吉は、愛されていた。







だから諭吉は、レイヤをソファに座らせて。
自分はその前の床に、片膝をつき。

レイヤの両手を、自分の両手ですくい。
じっと、レイヤを見上げ。

『微塵もわからない、説明をして欲しい』という要望に、答えることにした。

愛おしい恋人の手の甲に。
何度も、優しくキスを落としながら。

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