おうちゆきち【文スト・社長】

(３) ページ47

ちゅろす、とは。
「ちゅう」を「ロス」している、という意味である。

……いやいやいやいや、そんな筈があるか。

と、己の思考の歪みを正す声は、今の諭吉には起こらなかった。

なぜならば。
心当たりがあるからだ。

今、現に「チュロス」なのだ。

今朝、この部屋で目覚めてから。
朝食を食べて、見に行く映画を選んでいる、今の今まで。
……キスをしていない。

起きてから、この数時間の間に。
キスをしていないのだ！

これは明らかに、チュロス！
間違いなく、チュロス！

『諭吉さんの方がカッコいい』

この広い世界で、ただ一人。
そんなことを言って、笑ってくれるレイヤに。
キスをしないままで……。

悲しい思いをさせた。
寂しい思いをさせた。
ちゅうをロスした気持ちに、させてしまった。

「くっ……！」

そう気づいたならば。
このままソファに座り、レイヤが隣に戻るのを待つことなど、出来るはずがない。

すぐに立ち上がり。
迷わずレイヤのいる台所に侵入し。

「あ、諭吉さん。午前のお菓子はどら焼きにし……、ふにゃ！？」

喋りかけのレイヤの顔を、両手でムギュッと挟んでから。

……ちゅっ！！！

「……へ？」

ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ！

「ちょ、諭吉さ……！？」

ちゅうううううっっっっ！！！

「……く、苦しいぃ」
「レイヤ！ すまん！」

「な、なんですか、いきなり！」
「私が至らぬばかりに、朝からキスが出来ずに……っ！」

「へ！？ ……キス？」
「そうだ！ 私がキスを失念した結果、レイヤをチュロスにしてしまった！」

「…………はい？」
「チュロスだ！ キスのない喪失感で、レイヤを悲しませたのだ！ すまん！！」

諭吉の渾身の謝罪を。
ぼんやりと眺めるレイヤが、

「あ、あの……、とりあえず、『朝からキスをしてない』っていうのは、ウソでしょ？」
「何！？」

「キス、しましたよね？ 朝から、何回か」
「……いや。……いや。……いやいやいや」

「しましたよ！ 目が覚めて一番に、諭吉さんが「お早う」ってキスしてくれて……。それから、私がシャワー行く時も「気をつけろ。壁に肘をぶつけぬよう」って、ちゅってしたし」
「……」

「一緒に朝食作ってる時も、私が目玉焼きを上手に焼けたって言ったら、「それは大変喜ばしい」って、キスして」
「……」

「食後に私が、諭吉さんの作ってくれたサラダ美味しかったって言ったら、「レイヤの目玉焼きには敵わん」って言いながら、ちゅって……」
「…………」

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