おうちゆきち【文スト・社長】

(２) ページ46

すると、隣でレイヤがクスリと笑った。

「私、このドラマは見たことないんですけど……、トリックがベタな割に、物語自体はすっごく面白いらしくて。ちょっと気になってたんですよ」

……いやいや。

「それにやっぱり、この俳優さんの人気がすごいですね。今世紀最後のイケメンって言われてるらしいです」

……いやいやいや！

「まあ、でも……、諭吉さんの方がカッコいいけど」

……いやいやい……、ん？

「諭吉さん、イケメン探偵じゃなくて、イケメン社長？ イケメン諭吉？」

……んんん？

耳を疑う諭吉に。
レイヤの恥ずかしそうな笑顔が向けられた。

骨抜きにされる、とは、こういうことだろうか？
魂が肉体から抜け出して、天に昇ってしまいそう。

レイヤは言うのだ。
この、抱かれたい男ナンバーワンの若者よりも。
福沢諭吉の方が、「カッコいい」と。
カッコいい、故に、「抱かれたい」、と……！！

叫び出したくなる衝動を抑えるため。
相好を崩さず、目を閉じたまま。
コーヒーカップに手を伸ばすが。

「あ、諭吉さん。そのコーヒー、もうカラッポでしょ？ おかわり入れてきます」
「む……。ああ、いや、……私が行こう」
「ううん。私、お菓子も持ってくるから」

諭吉が手にしたカップを奪い、ピョコンと立ち上がったレイヤは。
軽い足取りで、キッチンへと向かう。

その、黒髪の揺れる後ろ姿から。
微かな独り言が、諭吉の耳に届いた。

「……やっぱり、チュロスかな」、と。

それは、恐らく常人には聞こえぬ程度の。
レイヤの口の中だけに留まる程度の。
真実の独り言。

けれど、特別な鍛錬を重ね生きてきた諭吉の耳は。
その小さな囁きを、しっかりと傍受した。

「やっぱり、チュロスかな」という。
レイヤの、寂しそうな独り言を。



……ちゅろす？



未知の言葉を、脳内で復唱すれば。
同時に、目を落とす雑誌に同じ文字があったと、すぐに気づく。

デートで行きたい映画の、八位を紹介する文面の中だ。

『テーマはペットロス。愛するペットを失った、すべての人に見て欲しい、感動の超大作』

ああ、そうだ。
ペットロス。
この言葉は、聞いたことがある。

ペットを亡くし、飼い主が強い喪失感を味わうという意味だったはずだ。

「ペットロス」という言葉が、「ペットをロスした状態」を指すならば……、

「ちゅろす」とは、「ちゅ、をロスした状態」ということ。

ちゅ、を……、ロスした状態。

つまり…………





キスが足りていない状態、か！？

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