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第百十三話【覚悟と共に】 ページ17

「敦君......事務所に戻ろっか」


医務室には居られなくなってしまった為、私は敦に声を掛け、歩き出した。


「太宰さんはどうして止めたんですか?」


敦が顔を下に向けながら云った。


私は立ち止まり、敦の方を向いた。


「あのまま尾崎さんを傷つけても何も変わらないし、それに怒りに任せたまま振り下ろしても、誰も幸せにならないから......」


その言葉を聞いた敦は押し黙った。


「それに誰かが止めてくれるっていう存在は大切だよ。敦君が進むべき道を踏み外さない為にもね」


「そう......なんですか?」


「太宰さんはあんな様子だけど、きっと太宰さんなりに考えがあるんだと思う。私も太宰さんを信頼してあの情報を渡した。きっと彼なら、有益な物に生かしてくれるからって」


太宰との付き合いはまだ二年程度であった。長いとも短いともいえない時間だ。しかし、この二年の間でも彼には日々驚かされている。僅かな情報からの予測、最適な方法の採択。太宰の担当してきた事件は全て解決してきた。その功績がある事もそうだが、彼は信頼してもいいという証明し難い確信が私を突き動かしていた。


「それと......鏡花ちゃんは私が逃したから、無事な筈だよ」


私は敦を安心させるように言った。


「それなら、どうして探偵社に帰って来ないんですか?」


敦が泣きそうな目をしながら私に云った。その声が悲痛な叫びにも聞こえた。


「それは......私にも分からない」


私も鏡花が何故探偵社に帰って来ないのか、その理由が分からなかった。もしかしたらずっと遠くに逃げているのかもしれない。それとも、探偵社に帰りたくないのかもしれない。あるいは、敵に......やめた。そんな考えは思い付きたくない。


今はただただ無事である事を祈るしか無かった。


「早く探してあげないとね。きっと何処かで待ってるかもしれないから......」


今の私に出来るのはそれだけだ。


私達が事務所に戻ると、国木田が近づいてきた。その表情は険しいものだった。


「"事務員は県外に退避させ、調査員は全員社屋を発ち、旧晩香堂に参集せよ"社長の指示だ。準備を始めろ」


矢張り、戦争が起きてしまうのか......いつの時も平和な時間は一瞬だ。


私は敦の顔を見た。


敦自身も気持ちが揺らいでいるように見えた。敦は目を閉じると息を吐き、両手で頬を叩いた。そして再び開けた目には覚悟が灯っていた。


「やろう、負けない為に」


その言葉に敦は頷いた。

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トキハル(プロフ) - 長らくお待たせしましたm(_ _)m 更新始めていきます。 (2020年3月4日 15時) (レス) id: a4508594ec (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:トキハル | 作成日時:2020年3月4日 14時

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