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「お前、今何処から来た」
「こちらの廊下からです」
「そんなはずないだろ。靴音もしないなんて有り得ない」
「酔っていらっしゃるのでしょう。お水をお持ちいたしましょうか」
「待て」
離れようとした彼女の腕を掴む。細く弾力の少ない、不健康な痩せ方をした腕。脂肪がなく骨周りにうっすらと乗った筋肉と皮の感触が手のひらから伝わってくる。見た目から受ける印象以上に年齢が高く感じる身体だ。
「貴方、綺麗ね」
「は？」
「羨ましい。私はその肌も骨格も、髪も瞳の色も何一つ持ち合わせていない」
突然何を言い出したんだこの女。とスカラは眉を寄せる。
「芸術品なのね。温もりがなくて、どこまでも硬い象牙の彫像みたい。貴方ピュグマリオンのお話はご存知？」
「…ギリシャ神話だろ。彫刻に恋した男の話だ」
オウィディウスの『変身物語』の一編だ。キロプス島の王であり彫刻家のピュグマリオンは、ガラテアという彼の理想を象った彫像を形成した。彼は自身が衰弱するほどガラテアを愛し、それを見かねた愛の女神が、彼の願いを聞き届けガラテアを人間にし、ピュグマリオンは彼女と結婚することが出来たという話だ。まさに愛が起こした奇跡の物語。
知ってるよ。それがどうしたってんだ。
「貴方…作られるだけ作られて、愛されなかったのね」
毛が逆立つほどの不快感とどす黒い殺意を感じたのも束の間。彼女を掴んでいた左腕に鋭く細い痛みが走る。目を向ければ注射器が手首に突き刺されていた。
「ッ！」
思わず無理矢理掴み取り距離をとる。三分の一程度中身が無くなったそれは派手な音を立てて割れる。ガラス片が床に飛び散った。
スカラは傷口から血ごと薬品を吸い取る。しかし意識は既に混濁してきていた。眉根にクッと力を寄せ耐えるが、壁を背にズルズルと座り込んでいく。
「ご安心ください。ただ眠るだけですから…」
象も動けなくなるほど強力ではあるが。
家永はそう心の中で付け足し、完全に脱力したスカラを雑に引きずって部屋へ放り込む。アシㇼパの瞳を抉った後喰ってやろうと考えていたからだ。美術品のように美しい彼女を食べれば、自身ももっと美しくなれる。もっと美しくなれば、きっと在りし日の彼女に…“母”に近付けると信じていた。
青い顔のまま眠りに落ちた彼女へ微笑む。そうして深い青の瞳の少女がいる部屋へ向かっていった。
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作者名：mYDEAr | 作成日時：2024年3月13日 11時
