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「下の川に落ちたみたいだ。迎えに行くぞスカラ」
その場で突っ立っていたスカラへ、近付いてきたアシㇼパが言う。彼女は何回か瞬きをすると、アシㇼパの深い青を真っ直ぐ見ながら話し始めた。わざわざ跪いて、聞き分けの悪い子供を宥めるみたいな格好だった。
「アシㇼパは先に小屋へ帰れ」
「でも」
「いいから」
強い口調だった。
彼女が少し怯んだうちに火種を持たせ、スカラはせっせと遠くへ足を進めた。
スカラがやっとの思いで川辺に来た時、二人は火を起こして服を乾かしていた。察するにかなりの苦労をしたらしい。そのおかげか、二人の距離が若干近くなった気がする。
「スカラさん」
「そいつは逃がすのか？」
「ああ。見逃す約束で協力したから」
ふぅん、と気の抜けた相槌をした彼女は、ちんまりと杉元の横に座った。多分寒かったのだろう。目には、焚き火の炎が揺らめいていた。
白石は「黙ってれば超絶美人なのにな……」と先刻の姿を思い出した。正直杉元よりも怖かった。今まで誰も言及してこなかったが、スカラは見た目だけなら背筋が伸びるような美人で、人間を顎で使う悦がよく似合う女だった。美女の本気の殺気ってのは尋常じゃない。美しさは強さのひとつだからね。
彼女の鉄の爪を思い出したところで、白石は徐ろに語り始めた。
「入れ墨の囚人は全部で24名だ」
はたしていまどれくらい生き残っているか…。
彼は目を逸らしながら言った。二人は静かに聞いている。
「のっぺら坊の仲間のことも本当に知らん。それについて知っているのは脱獄を指揮した囚人たちの親玉だ」
「親玉はどんな野郎だ？」
「単なる政治犯のジイさんだと思ってた。大人しい模範囚さ。ところがどっこい、猫かぶってやがった。後で知ったが、箱館戦争で戦った旧幕府軍の侍だ」
これは噂だがね……と前置きし白石は話を続ける。
旧幕府軍の侍。
なんというか、嫌な予感がした。スカラは脳裏に鳳凰と牡丹の幻影を見る。
「あのジジイは箱館戦争で戦死したといわれている…新撰組鬼の副長、土方歳三だって……」
嫌な予感が当たってしまった。
なぜ生きていたのかだとか、三十年以上も大人しく鎖に繋がれてなさそうだとか。その名前を聞いて多くの疑問が湧きいでたが、そんな男と敵対することになることへの不安が一番強かった。
彼は英雄だ。紛れようもないほど。
「最後にひとつ教えてやる。俺達はのっぺら坊にこう指示されていた」
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作者名：mYDEAr | 作成日時：2024年2月25日 23時
