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Aside
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何度も、何度も。
黒いコートを着た【誰か】は、女の人にペンチを振り下ろす。
【誰か】の顔は、ペンチに被って見えない──
『…なに、やだ、やだ、なに、これ…』
分かっていたはずなのに、もう見ていられなかった。私はペンダントを自分の服のポケットに突っ込む。
咄嗟に顔を上げ、バックミラーを見やった。
バックミラーに写るのは、タイヤを確かめている男の人。緑がかった黒髪、鋭い目。
そして片手には、柄の青いペンチ──
私は悲鳴をなんとか喉元で飲み込んだ。
視線をゆっくりと運転席に戻す。椅子に置かれたコートを見る。
コートは、黒色だった。
…記憶の中の、血しぶきに染った黒いコートが蘇る。
『…っ、きゃあああああっ!』
もう無理だ、無理だ!
私はシートベルトを外し、車のドアを開け、全力で走る。
「おい、どこ行くんだ!」
『やめて!来ないで!』
男の人が追いかけてきている気配がする。コツコツと革靴の音がする。
逃げろ、逃げろ、逃げろ。自分の荒い息が耳元で聴こえる。逃げなきゃ、ここから遠くに、誰か、誰か、誰か。
たすけて!
その時、私が走っている方向から車のヘッドライトが現れた。顕になる紺色の車体。
私はその車の元へ必死に近づき、スピードを落とす車の後部座席のドアを叩いた。
『助けてください、開けて!』
車の運転手は私の勢いに驚いたのか、ドアを開けてくれた。私は車の中に滑り込むようにして入る。
「なにか、あったのか」
運転手の男の人は、私の方を見て不思議そうに尋ねてきた。左目に眼帯をして、紫がかった黒髪。少し怖い見た目をしているが、背に腹は変えられない。命に関わるのだ。
『早く、車を出してください!追いかけられてるんです!』
「やめろ、その車には乗るな!止めろ!」
青いペンチを持ったままの男の大声が聞こえた。私は急かされて、『早く!』と運転手に告げる。運転手は頷き、アクセルを踏み込んだ。
車が動き、男の人から遠ざかる。
…よかった。助かった。生きてられた。
私はほっとして、全身の力が抜けるのを感じる。
「追いかけられてたらしいが、なんでだ」
運転手はバックミラー越しに私を見る。
『あの人、あの人…
連続女性誘拐殺人の、犯人なんです』
私は息を整えて告げる。犯人、犯人だった。ポケットからネックレスを取り出す。女物のネックレス。追いかけられた女の人の記憶がやどったネックレス。
もう一度握りしめ、記憶の続きを見ることにした。
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みるくれーぷあいす(プロフ) - ちぃなさん» ありがとうございます!これからも楽しんでいただけると嬉しいです。 (2019年10月30日 16時) (レス) id: 147ef4680d (このIDを非表示/違反報告)
ちぃな - ホラー好きなので嬉しいです!更新楽しみにしてます。 (2019年10月29日 14時) (レス) id: 43ae00df60 (このIDを非表示/違反報告)
みるくれーぷあいす(プロフ) - 綾葉メグさん» ありがとうございます!マイペースな更新ですが、これからもよろしくお願いします。 (2019年10月27日 17時) (レス) id: 147ef4680d (このIDを非表示/違反報告)
綾葉メグ(プロフ) - 面白いです!更新楽しみにしてます! (2019年10月27日 15時) (レス) id: fe3feae032 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:みるくれーぷあいす | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/ykoma1218/
作成日時:2019年10月15日 1時