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沖田side
·
「…は、」
突然の出来事に動かしていた指が止まりかける、が──
《もし弾き間違えたなら、腕を失うことになるだろう》
頭にその言葉がよぎって、なんとか指を動かす。譜面をなぞる。
何が起きてるんだ。自分の奏でるピアノの音だけを聞きながら、必死に考えを巡らせた。
ちらりと時計をもう一度見る。秒針は止まったままだ。
…まさか、この曲を弾くと──
曲もラストにさしかかり、階段を上がっていくかのような三連符が連続する。
慎重に、止まってしまったメトロノームのテンポを思い出しながら、ひとつひとつ音を出していく。
そして、最後の和音を弾ききった。
瞬間、音が戻った。
外の声と雨音、メトロノームの鐘の音。
時計の秒針も、動いている。
脱力しながら椅子にもたれかかる。
《誰もこの曲を聴くことは出来ない》、そういうことか。
…この《さかさま少女のためのピアノソナタ》を弾くと、弾きはじめから弾き終わりまで、時間が止まる。らしい。
***
「時間が?え?」
「だから、止まった」
翌日、また大学内の食堂で。
昨日の奇妙な体験を山崎に洗いざらい話す。「はあ?」と素っ頓狂な声を漏らしつつも、彼は最後まで話を聞いてくれた。
「ね、寝ぼけてたんじゃないですか」
「弾きながら寝るかよ」
謎だ。でも絶対、時間は止まっていた。あんな無音で、秒針まで動かなくなっていたのだ。
「でも、時間が止まったって…さすがに信じられませんよ」
「…だよなァ」
俺自身、信じきれていない部分はある。常識ではありえない出来事だ。でも体験してしまったのだから、信じるしかない。
ちなみに、譜面は今日も自分のリュックの中だ。
「沖田」
そこで、大学の教員のひとりから声をかけられた。なんの用だろうか。山崎に視線を送って、席を立つ。荷物は置いたままでいいか、と教員について行った。
…話は、この前のピアノオーディションのことだった。やはり、鮎川が合格したらしい。別のオーディションが後日あるから受けてみるか、と誘われた。しかし鮎川も受けるらしく、俺は教員に、返事は少し待って欲しいと頼んだ。
ああ、これが才能の差か。
話の後、急いで食堂に戻って荷物を回収し、午後の講義に出たあと、俺は自宅に向かっていた。
ここ連日、ずっと雨だ。まるで自分の生活を表しているようで、余計に腹が立つ。
と、その時、スマホが鳴った。同級生からの着信だ。
「聞いたか?山崎のやつ──腕を大怪我して、搬送されたらしいぞ」
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みるくれーぷあいす(プロフ) - ちぃなさん» ありがとうございます!これからも楽しんでいただけると嬉しいです。 (2019年10月30日 16時) (レス) id: 147ef4680d (このIDを非表示/違反報告)
ちぃな - ホラー好きなので嬉しいです!更新楽しみにしてます。 (2019年10月29日 14時) (レス) id: 43ae00df60 (このIDを非表示/違反報告)
みるくれーぷあいす(プロフ) - 綾葉メグさん» ありがとうございます!マイペースな更新ですが、これからもよろしくお願いします。 (2019年10月27日 17時) (レス) id: 147ef4680d (このIDを非表示/違反報告)
綾葉メグ(プロフ) - 面白いです!更新楽しみにしてます! (2019年10月27日 15時) (レス) id: fe3feae032 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:みるくれーぷあいす | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/ykoma1218/
作成日時:2019年10月15日 1時