地上32階の恋【黒】

私のシンデレラ【ヒヨリ】 ページ10

…“Hawaii”


誰かのお土産だろうか

いいのかな、貰っちゃって


酔ってたし、返した方がいいのかな


8畳のワンルーム、狭いベッドの上

私は左手の人差し指にその輪をくぐらせて

揺らしながら、銀色に光るそれを見つめていた。


…私が、働く場所は

地上34階、地下2階の高級タワーマンションで


港区にあって、近所にあるスーパーも成城石井とかばっかで

一度お昼ご飯を買いに行ったら見たことのないお惣菜ばかりで楽しくなっちゃって

お会計をしたら1800円だったから、それ以来行くのを自粛した。


私の住む場所は、そこから電車で35分の

地上2階建ての、2階の、角部屋で


独立洗面台があって、日当たりがいいことが気に入って契約した

家賃6万8000円の小さなお城だった。



私の心臓があの人の前に立つと、大きく脈打つのは

あの人が、美しくて大人で、全てを持っている人だからで


小さい頃、ディズニーランドで一緒に写真を撮ってもらった時

シンデレラに顔を寄せられて、ドキドキして爆発してしまいそうだったのときっと同じで


ファンタジーの世界の人

私はオリエンタルランドに就職してしまったのだろうかと一瞬笑う



“特別扱いもダメよ、他のお客様と平等に”


あの言葉が頭を巡る。


…待遇という意味で特別扱いをしているつもりはないし

これ以上お客様のプライベートに立ち入るつもりもないし


…ただこの心臓の速さだけは、

どうしても、自分で制御することのできないものだった。



…それから一週間、彼が私の前に現れることはなかった。


彼はきっと地下からそのまま自室へ上がっているのだろうし

鍵もきっと、見つかったのかな…

だったら、いいのだけれど。


申し送り事項が書かれたノートを隅々まで見ても、“横山様、鍵ご変更”の文字は見当たらないままだった。



「お疲れ様でしたー」


その日は珍しく早番で、私は18時に勤務を終える。

制服をロッカーにしまい、厚手のコートを羽織って先輩に挨拶をする。

帰りがけに、たまには成城石井でも冷やかしてみようかと思って外へ出ると、


雨ーー…



…そっかあ


傘、持ってこなかったな

ロッカーに予備があったかと少し考えて


小雨だから、駅まで小走りで行けばいいかと


コートのフードをかぶって、踏み出した時ーー…



「ーー…あ」


「あ…」


珍しくこの時間に。

メインエントランスから帰宅した彼とすれ違う



…ふわりと、御伽噺の匂いがした。

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