俺を拾った人は、どうやら配信者らしい【桃】

6.お風呂上がりの書類 ページ8

貴方.side





「数十分はしっかり湯に浸かれよ〜」


半透明な磨り硝子の向こう側から聞こえる声
湯船の水面にて、小馬鹿にする様に浮かべられた鶩の玩具。

今にも浴槽から溢れ出てしまいそうな程のお湯に浸かりながら、俺は大きく溜め息を吐いた。


「お風呂なんか大嫌いだ...」


.


濡れた髪の先から二、三回水鞠が水面に落ちる。


玩具の顔面を人差し指で何度もつついては、偶に睨みを利かせて圧をかける事早数分
早く上がれば良いのに、と自問自答を繰り返しては眉の中心に皴を寄せた。


こうなった理由を端的に分かり易く説明すると

俺が余りにもお風呂を全力で嫌がるから、最終的には浴場に無理矢理押し込まれた形。


「...こんなトコ(風呂)、出てやってやる」


項にピッタリと張り付く襟足に強く不快感を覚え、八つ当たりだと言わんばかりに湯船で暴れる。


さっきだって身体を洗おうとした時に、石鹸で手が滑ってシャワーが目に直撃したし
髪を洗おうとした時も目に入らないかハラハラした。


「後でさっくんには、惨い悪戯仕掛けよう」


決定した渾名と共に愚痴を吐き捨て、浴室を出る迄の間に新しい悪戯を模索し始める。


何故かその時の顔は、自分でも考えられないくらいに緩まっていて
とても、お風呂中の俺とは思えなかった。



.



湯煙と少しの熱気を肌に纏いながら居間へと通じる扉を開き、ひんやりと冷たい床に座り込む。


「何で此処...ってヤバ」


少し顔を上げると、瞳に薄く水の膜が張ってはっきりしない視界の中でも分かる
俺を見付けた途端に、慌ただしく動くお兄さんに丁度焦点が合った。


机の上に置かれていたノートPCは俺が来た時に一瞬で片付けられ、
そこら中に散りばめられた大事そうな書類は未だに俺の眼前。


「失礼しまーす」


重要性の高い書類は他の目に触れない様にしろよ、なんて脳内で思いつつ裏返しで集め始める。

しかしグチャグチャに折れてしまった書類を直す為に仕方なく、表に戻した。


「ST、PR...株式会社?」


意図せずに基の儘書いてあった会社名を読み上げてしまった頃にはもう最後
正面に頭を上げたら、全てを諦めた菩薩顔のお兄さんが、静かに俺の肩に手を乗せる。


あれ、リビングにしてはちょっと狭いし
何か間取り違くない?

今更、こんな所に気付く俺は大分遅い。


「まさか、こんなに早く話す事になるとはね」


何の事だかさっぱり分からなかったが、兎に角ヤバい事を起こしたと何となく肌で実感した。

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