夜衝【木葉秋紀】

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「アキノリならそう言うと思った！先車行ってるから準備してこい」


絶対零度の視線に耐えられず二つ返事で行くと言えば、先輩は一瞬で笑顔になり、ブリーチを重ねても綺麗な細い髪を翻して鉄板の階段をたんたんと上機嫌で降りて行った。笑うと三日月状になる目、小さめな歯が覗く口。俺はこの顔にも少し弱かったりする。
　

周りの温度がぐっと下がるような冷たい怒りは怖い。しかし、本当に嫌なら断ることはできる。自分はまあ細身ではあるが男だし、ついこの前まで強豪バレー部のレギュラーであったため筋肉も体力も身長も人並みよりはある。そして先輩はいかつい恰好や言動をするものの、女だし随分華奢だ。がりがりだ。単純な力では俺の方が強いし、男であることを利用して威圧することも可能。それが分かっているから、嫌なことを断ることが出来ないほど先輩が怖いわけでもない。

断らないのは実に単純。嫌じゃないからだ。

確かに勝手気ままで衝動的、たまに手が出る、高圧的……そんな印象ばかりが強い人であるし、それに困ることがないと言ったら嘘になる。だが、嫌ではない。端的に言ってしまえば、俺はこの人が好きなのだ。だから、この人の衝動に付き合えるのは自分だけ、その特権に実は浸っていたりする。

あまり遅いとまた先輩が不機嫌になるため、一から服を選ぶ時間はない。干したままクローゼットに仕舞ってなかったTシャツとジョガーパンツをハンガーから引っ張って身に纏う。これくらいがキメすぎていなくて丁度良いだろう。

最低限の身支度をして外に出ると、むわりと生ぬるい空気が冷房で冷たくなっていた肌に絡みつく。夜中で、昼間より気温は低いが、それでもやっぱり真夏だ。湿気って重たい空気のせいで昼間とは違った過ごしにくさがある。粘り気のある空気を切り裂くようにして駐車場に行けば、そこに止まっている先輩の黒い車はすっかり闇に紛れていた。しかし、俺が出てきたことに気付いた先輩がライトを点けることで、一気に存在感を出す。

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