歌声越しに願いひとつ[ノーマン] ページ6
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僕らの、ハウスの歌姫がいた。
いつもと同じ木の下が歌姫のステージで、彼女がそこに立つと周りの子たちも自然と集まってくる。
青空や風がまるで歌姫を歓迎しているかのようにやってくるから、何度か彼女は本当は天使なんじゃないかと疑ったこともあった。
それを正直に話せば「なにそれ」と軽快に笑い飛ばしてくれて、今思えば僕はその笑顔が見たくて彼女に懐いていたのだと思う。
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「……歌姫?」
「リオにお似合いな名前だってエマが言ってたよ」
「う〜ん……照れ臭いけど、あんまりしっくりこないかな」
みんなで密かに考えていた彼女──リオのあだ名。
いつもの雑談、なんとなくぽろりと言ってみれば、リオは困ったように笑っていた。
「そうかなあ……僕もいいなと思ったけど……」
「ノーマンは優しいね!いい子いい子〜」
「じゃあ歌姫って呼んでいい?」
「それはヤダ」
「えっ」
「あはは、がっかりしないで?歌姫って呼び名はお断りだけど……代わりに歌なら歌ってあげる」
彼女はきっぱり言い切って、勢いよく立ち上がる。
大きなその声がよく響いたせいか、部屋にいたみんなが目を輝かせてリオの近くへとやって来た。
歌姫を囲むようにみんなが続々と彼女の近くに座り、たちまち席は満員御礼になる。
そこにはもちろんエマとレイもいた。
賑やかな声を聞き付けたのかママもやってきて、リオは堪らず困惑した表情を浮かべる。
心なしか嬉しそうにも見えた。
「いつもの歌だけど……えへへ、よろしければ」
はにかんだ歌姫は細く白い自身の人差し指を口元に当ててから、ゆっくりと歌い始めた。
歌声は笑っていた。声が、表情が、楽しいと心から叫んでいる。
あのときはカラカラと笑われてしまったけれど、それでも僕は、リオは天使なんじゃないかと思ってる。
それはきれいな歌声のせいかもしれないし、白が似合うからかもしれないし、僕の贔屓目かもしれない。
歌声が好きだ。だからずっと聞いていたいと思った。
でも、僕らがここにいる以上別れは必ず訪れるし、彼女はきっと僕より早くにここを出てしまう。
だから、いっそ本当に天使であれと意味のない願いを、歌姫のきれいな声に乗せて祈った。
それが何年か前の記憶。
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「本当に天使なら、リオはまだここにいたかな」
苦い思い出に、僕は嘲笑気味に笑った。
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〈歌声と天使と偶像の君の話〉
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作者名:月ノ瀬 | 作成日時:2019年6月8日 0時