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「お前いま何つった」
「お、おじ………お兄さん」
地雷の上塗りだと思った。
よく見たら格好がおじさんじゃない、白髪頭だけど顔立ちは若い。目が死んでいるのはきっと社畜だからだ、真っ昼間から社畜が往来に居るなんておかしな話だけど。
「そこじゃねーよ、その一個前」
「え、…Aはここだよ?」
「A…」
懐かしい名前だった。
それと同時に脳裏に浮かぶのは彼女の微笑む姿で、いつも優しい声で『銀ちゃん』と呼ぶ声が好きだった。
Aは賢い女だった。
その堅実さ故に桂を始めとして高杉までもが彼女のことを慕っていた。男はそんな彼女が誇らしく、また時折遠く感じた。
春の陽気のような笑顔に何度も救われた。
彼女の言う「大丈夫」に何度も救われた。
「銀ちゃんは一人なんかじゃない、絶対に大丈夫」
最後に聞いた彼女の言葉がそれだった。
その翌日、Aは息を引き取った。
元々そこまで身体の強い女では無かった。戦争による栄養失調も過度のストレスも彼女の身体を蝕むのには十分過ぎたのだ。大丈夫じゃないのはAの方だった。
「お、お兄さん…?」
「あー?」
「なんで泣いてるの?」
「泣いてねーよ、目から鼻水出す一発芸だし」
もう何年も経つはずなのに未だに思い出すことは出来そうにもない。この苦しさから逃れる術があるのならば、それは時間しか無いのであろう。
ぼやけた視界に舞い散る桜が映る。
満開の花を咲かせ、その後に一瞬にして儚く散る様は潔さと共に確かな喪失感を抱かせる。彼女が亡くなったのは春の夜だった。
暫く男の顔を見上げていたAであったが、不意に男の手を小さな両手でぎゅっと掴んだ。男は「ンだよ迷子の母親捜しなんざしねーぞ」とその手を払おうとした。しかし、女児は掴んだまま離そうとはしない。
「お兄さんは…一人じゃないよ」
「はぁ?」
「絶対に、大丈夫」
その言葉に呼吸が止まる。
いつか聞いたその言葉と同じ響きを持つそれは懐かしさと共に不思議と素直に心の中へと収まる感覚が走った。
「…オイ、ガキンチョ」
「ヒィッ!!」
低く重い声音に肩を震わせる。男はAの肩を掴んで「何か食いてーモンあっか?」と。
「な、なんで…」
「何つーの?まぁ、助かったわ。だから謝礼、な」
どこかスッキリとした表情の男の言葉にAは思い当たる節もなく首を傾げる。
__それは、むせ返るほどに桜が香る春の日のお話。
〜END〜
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あくび少女 - こんな綺麗な物語、いつか私も書きたいです。 (2019年7月20日 22時) (レス) id: 1b61770dea (このIDを非表示/違反報告)
きなこ(プロフ) - 今までどの作者さんも好きでよく拝見させていただいてました。今では、憧れから自分の小説を書いているのですが、皆さんの素晴らしさを身に染みて感じました。(宣伝みたいですね……ごめんなさい。)これからも沢山の作品を楽しみにしています! (2018年2月6日 22時) (レス) id: 6b9c59579e (このIDを非表示/違反報告)
うおーあいにー(プロフ) - 私が今まで見たことのない位の語彙力と素敵な言葉でできていました! (2017年12月9日 8時) (レス) id: 7ec2bdde97 (このIDを非表示/違反報告)
みぷ(プロフ) - 文章一つ一つが綺麗で、とっても素敵だなと思いました!表現や言葉にも意味が詰まっていてぜひ参考にしたいなと思う作品でした!次の企画があることを楽しみにしています! (2017年7月28日 18時) (レス) id: 941945c1ec (このIDを非表示/違反報告)
戦胡蝶(プロフ) - 本当に綺麗な言葉で綴られたお話ばかりで全部一気に読んじゃいました!素敵なお話ばかりで心がほっこりしてます!!素晴らしい作者様ばかりで私も見習わないとと意気込んでおります(笑)またこういう企画を行ってくださるのを楽しみにしてます! (2017年7月27日 13時) (レス) id: de5c5c0c62 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:しののめ x他4人 | 作者ホームページ:http://nanos.jp/aoikasou/
作成日時:2017年7月1日 1時