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「ふう、おなかいっぱい。」
彼がそう言ってお腹をさする頃には、辺り一面の果実が姿を消していた。彼のしてくれる話がどれも面白くてつい与えすぎてしまったのは私だ。
満足げな彼はすり寄ってきた白兎の頭をなでながら、穏やかな声でこう零す。
「ここはずっとこうなの?」
「こう...とは。」
「ずっと春なのかってこと。」
「春とは、いったい何のことでしょうか?」
初めて聞く言葉だった。
純粋に疑問に思い聞き返すと、目をぱちぱちさせて彼は何故か驚いていた。
「春っていうのは、ここみたいに暖かくて気持ちいい季節の事。...たとえばさ、地球には四つの季節があるんだ。春は暖かくて、夏は暑くて、秋は涼しくて、冬は寒い。その四つが一年間に一回ずつ訪れて、自然は色を変えるし、人間たちもそれを楽しむ。」
夢の様な世界だと思った。
めまぐるしく変化する気温や降水量によって、飽きを知らない星。
それらを語る様子はとても楽しそうで、彼もまた、そんな青い星が好きなのだろう。
「でもまあ、ここは住みやすくて俺は嫌いじゃないよ。」
「私は好きじゃないです。」
「何で?」
「だって何度目を覚ましても景色は変わらなくて、誰も居なくて....寂しい所です。」
外を知ることに臆病な私が言っていい台詞ではない事はわかっていた。けれど、彼を見て、彼の紡ぐ言葉を聞いていると、好奇心が臆する自分を打ち破るような気がする。
「俺もさ...ついこのあいだ春ってやつを知ったんだよね。」
大きな岩に胡坐をかいて座る彼もまた、寂しそうに呟く。
「故郷がずっと雨ばっかり降り続くところだったから、季節も何もなかったし。こんな暖かい所がある何て知らなかった。」
「なら一緒ですね。」
私はたった今、彼に"春"を教わった。
ただの当たり前だった環境は名を与えられることで確かに価値を持つ。
そしてあとの三つの世界も見てみたいと思った。願わくば、あの青い星に。
「...きっともうすぐ追手が来る。そうしたら俺は帰らなくちゃ。」
「そう、ですか。」
分りやすく肩を落とす私を見て、彼は口角を上げる。
何もかもお見通しだとでも言わんばかりの表情だ。
「木の実すっごい美味しかったよ。また食べたいな。」
「なら、いらしてください。この星に。」
青い瞳に精一杯笑いかければ、ピンク色の三つ編みを風が揺らす。
舞い散る花びらの中で、彼は確かにこういったのだ。
「ならいつか、本物の春を見に行こう。俺が攫ってあげるよ。」
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あくび少女 - こんな綺麗な物語、いつか私も書きたいです。 (2019年7月20日 22時) (レス) id: 1b61770dea (このIDを非表示/違反報告)
きなこ(プロフ) - 今までどの作者さんも好きでよく拝見させていただいてました。今では、憧れから自分の小説を書いているのですが、皆さんの素晴らしさを身に染みて感じました。(宣伝みたいですね……ごめんなさい。)これからも沢山の作品を楽しみにしています! (2018年2月6日 22時) (レス) id: 6b9c59579e (このIDを非表示/違反報告)
うおーあいにー(プロフ) - 私が今まで見たことのない位の語彙力と素敵な言葉でできていました! (2017年12月9日 8時) (レス) id: 7ec2bdde97 (このIDを非表示/違反報告)
みぷ(プロフ) - 文章一つ一つが綺麗で、とっても素敵だなと思いました!表現や言葉にも意味が詰まっていてぜひ参考にしたいなと思う作品でした!次の企画があることを楽しみにしています! (2017年7月28日 18時) (レス) id: 941945c1ec (このIDを非表示/違反報告)
戦胡蝶(プロフ) - 本当に綺麗な言葉で綴られたお話ばかりで全部一気に読んじゃいました!素敵なお話ばかりで心がほっこりしてます!!素晴らしい作者様ばかりで私も見習わないとと意気込んでおります(笑)またこういう企画を行ってくださるのを楽しみにしてます! (2017年7月27日 13時) (レス) id: de5c5c0c62 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:しののめ x他4人 | 作者ホームページ:http://nanos.jp/aoikasou/
作成日時:2017年7月1日 1時