消失 ページ8
話に聞いた通り、Aを次に見かけたのは街の簪屋だった。
確かに人との関わりを持つには仕事、特に接客でもするのが手っ取り早い。洒落た着物と広告もかねて簪を指したAは、飲み屋で机に突っ伏していた時と随分印象が違った。
目立つ赤い帯と金の簪。
女を店に呼び込み、男の目を惹くには十分すぎる。
仕事で通りかかることがあれば、店を覗くようにしていた。
するとぱちりっと視線が合って、置くから「土方さん!」と声が響く。
最近調子どうだとかお決まりの台詞を吐くと、この間のお客さんがどうのとか新作が可愛くてどうだとか。
他愛も無い、けれど日々の幸せがぎっしりと詰まったみたいな話をいくつもくれた。
会ったばかりの頃より明るくなったA。
ある日。
「あのですね….。」
もったいぶるような前置きと間。
宝物を一つ一つ手に取って確かめるみたいに、言葉を選びぬいて話しているのが分かった。
晴れてお付き合いさせていただくことになりました、と。
「私、凄く幸せです。」
万事屋の奴にはもったいねえが、照れくさそうに笑うAを見るのは、なかなか悪くない気分だった。
▽▲
Aが店で働き始めてからかなりの歳月が流れた。
すっかり街に馴染んだ様子で、もう俺が気にかけてやる必要もなくなったのだ。
あいつには同年代の友人も良くしてくれる人たちも、この街には溢れかえっている。
いつしか一緒に飲みに行くこともなくなっていた。
顔を見る機会は減ったが、Aにとってはこの上なく良い変化だろう。
物事は順調に進んでいた。
これからもこのまま日常は続くのだと信じて疑わなかった。
その根拠の無い過信が仇となったのは間違いない。
事の発端は、俺が雨の中ずぶ濡れになるAに声をかけたことだった。
ただならぬ雰囲気を纏っていて、それは初めの頃のあの危うさに似ている。
このままにしていてはいけないと本能的に察して、体が勝手にAの方へと走り出していた。
その日、江戸には大雨注意報が発令されていて。
街にいるのは俺とA。
ーーー2人だけだった。
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月見おはぎ - ただの思い過ごしかもしれませんが、物語の中にDOESさんの曲名が入っていて銀魂愛を感じました。最高のお話を有り難うございます。 (2021年9月26日 18時) (レス) @page11 id: f413eaa44e (このIDを非表示/違反報告)
紫苑(プロフ) - コメントするのこれが初めてです、、今まで読んだ作品で一番切なくて一番胸が痛くなって一番感動したお話でした。素敵な作品をありがとうございました。。 (2020年3月17日 23時) (レス) id: 97657b2818 (このIDを非表示/違反報告)
しののめ(プロフ) - なるぽんずさん» 燻った想いたちが不完全燃焼の状態で終焉を迎える。そんな物語を目指しました。そのようにおっしゃって頂けてうれしい限りです。課題頑張ってください...!高杉長編と沖田の心中ロメオを更新しております。そちらの次作でもお付き合いいただければ幸いです。 (2017年7月31日 21時) (レス) id: 5bb7c4f37e (このIDを非表示/違反報告)
なるぽんず - 読んでいて胸が苦しくなるような、心に響くお話でした。読み終わった今も悶々とした気持ちでいます。夏の宿題の読書感想文、できることならこれで書かせていただきたいくらいです(;_;) 切なくて悲しいけれどじんとくるお話をありがとうございました。次回作楽しみです (2017年7月31日 13時) (レス) id: fa67502a01 (このIDを非表示/違反報告)
しののめ(プロフ) - ローズさん» 執筆している側としても居酒屋あたりを思い返すと、考えさせられるものがあります....。最終話以降の展開の細かい展開は、やはり読者様達の御想像にお任せしたいとおもいます。こちらこそ、最後までお付き合いいただき本当にありがとうございました。 (2017年7月24日 22時) (レス) id: 5bb7c4f37e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:しののめ | 作者ホームページ:http://nanos.jp/aoikasou/
作成日時:2017年6月10日 21時