985話 思い耽るヤクザ ページ5
左馬刻の言う“とっておき”と言うのは、昨日のブクロ兄弟と遊んでいた時の例の動画だ。Aの殺意マシマシシュートが二郎のお腹にめり込んだ奇跡の動画
あれはAに内緒で見ていた時のモノなのでハッキリとは言えなかったが、慌てながら二の腕辺りをポカポカ叩いてくる彼女の頭を撫でて「変じゃねぇから安心しろや」と全く安心出来ない笑みで言い放った
「ふむ、それは此処では見れないモノか?」
「周りの目があるからな。ちゃぁんと後で送るからその後に例の動画寄越せな?」
「了解した」
『了解しないで!?』
動画の内容が確認出来ない為に不安で涙目なA。そんな彼女の頭をまだ撫で続けている左馬刻は、話題を変え彼女が食べているデザートについて触れた
「お前モンブランだけじゃなくてもう1個食ってンのかよ」
『むぅ……そ、そうですよ』
話が逸らされたと感じたAは不満気な表情をしながらも返事をする。すると彼女が理由を言うよりも先に理鶯が口を開いた
「最初から食べて欲しいデザートがあると言っていたのだが、苺のムースは小官が初めて彼女に作ったデザート──思い出の味だから食べたかったらしい。なんと健気で可愛らしい事だ。左馬刻もそう思わないか?」
「めっちゃ饒舌だしマウント取ってくんじゃねぇよ」
「ククッ、すまない。何気無く作った料理がこうして大切に思われていると思えば嬉しくてな」
普段ポーカーフェイスな軍人だが、第三者から見てもとても幸せそうに笑っている。おまけに花のオーラも沢山咲いている様に見えた
何となく食べ掛けのムースを見た左馬刻。初めて会ったA、病院の屋上から落ちたA、初めて理鶯の野営地に来て料理を食べたA。最初の頃の彼女が次々と思い起こされていく
長い様で今日まであっという間な日常。自分達にとっても、Aにとっても非日常だったのに、それが日常と思える毎日が気が付けば訪れていた
静かになった左馬刻を、不思議そうにくりくりとした青い瞳が覗き込む
「………フッ、間抜け面して見てんじゃねぇよダボ」
胸の中にある沢山の感情を押し込め、揶揄う様に人差し指でAのおでこをピンッと弾く
反動で少し仰け反って『んぎゃっ』と声を漏らすのが可笑しくて、彼は目の前の光景を閉じ込める様に瞼を閉じた。そして瞼を開けるとヤクザの若頭と思えない程に優しく、温かく微笑んだ
「可愛くねぇ声」
言葉とは反対に慈愛に満ちた響きだった
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作者名:刹那 | 作成日時:2023年9月29日 19時