936話 その音は該当するモノが無い。 ページ6
『宜しくお願いします二郎さん』
先程の無邪気さは無くなり淡々と二郎にパスを促すA。鋭い眼光と落ち着いた佇まい。訓練中の兵士を相手にしてるのではないかと、二郎の体に緊張が走り息が詰まった
「──っ、は、ははっ、スゲェ目すんじゃねぇか……。──────ちゃんと決めろよッ!!」
今のAなら出来ると根拠の無い自信が二郎の中にあり、不敵な笑みを浮かべる。そして勢い良く彼女へとボールをパスを放った
変わらず完璧なコース。緩やかな弧を描き送られるソレは獲物をハントする
スピード、回転、風。全てを把握した彼女は声を出さず右足を上げる
その動きはまるで鞘から刀を抜くようなプレッシャーがあった。これからする事は居合切りではないのにも関わらず、彼女の前には敵か巻藁があるように思えてしまう。数秒の事が長く感じる空間、それは1つの大きな音で壊された
『───ッ!!!』
バシンッッッ!!!!とサッカーでは聞いた事のない音が公園中に響いた
ボールを蹴ったにしては圧が違う、人の頬を叩いたにしては重すぎる。この音は生きてきた中で該当するモノがない。ただ1つ言えるのは、それが彼女の足から響いていた事だ
ガゴンッ!!とゴールが大きく揺れる。
状況が把握出来ない3兄弟が放心状態でゴールを見れば、ボールがいつの間にか中に入っていた。そして僅かだがゴールポストが数cm動いている事も引き摺られた砂の跡で分かった
「……う、うそ……だろ…?」
「い、いい一兄……!?あれってAさんのシュートで……!?」
「違う違う違う……!Aだぞ!?女だぞ!?そんな訳……」
後ろで見ていた一郎と三郎は青ざめている。あまりにも非現実的な光景に理解を拒絶している長男。三男は現場状況で理解せざるを得ないと考えていた
一方次男はというと─────。
「すっげぇえええ!!!A!あれってお前の全力!!?プロじゃん!!最高速度更新じゃねぇか!!!」
純粋なサッカー少年であった。
目をキラキラ輝かせてAに駆け寄り、勢いそのまま彼女の肩をバシンッと叩く
「これだったらキーパーでも反応出来ねぇし絶対点入った!!練習して百発百中目指そうな!!」
自分の事のように喜ぶ二郎。Aというと何故か静かであった。二郎の顔は見ず、ゴールだけを見続ける表情は不気味。二郎が首を傾げて名前を再び呼べば、ハッとして『えっ……』と声を漏らした
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作者名:刹那 | 作成日時:2023年7月29日 8時