886話 ただの独り言 ページ6
仲間も離れ、舎弟すら立ち入らなくなった部屋。独りとなり背もたれへ深く身を預けた左馬刻は、煙草に火をつけもう一度吸い始める
何度も口にしている味だが、感覚が麻痺しているのか味が段々と分からなくなっていた。それでも尚、吸わなければ気が紛れなかった。苛立ち、喪失感、絶望。言い表せない感情は左馬刻を簡単に飲み込み、外側からも内側からも崩壊させていく
───そこへ廉貞が恐れる事無く足を踏み入れた。
丁寧なノックをしたのにも関わらず、返事をする間も与えず部屋に入る廉貞。一瞬煙たさに顔を顰めたが、大人しく座っている左馬刻を見るなり表情を柔らかくさせる
反対に自身のテリトリーに遠慮なく入ってきた事に対して苛立った左馬刻は眉間に皺を寄せた
「おい廉貞……。今俺様は気が立ってんだ……ぶっ殺されたくなけりゃ出ていけ」
地を這うような声で脅すが、廉貞は怯むどころかズカズカ進んで行き左馬刻の近くに置いてあった盆栽まで近付いた。そしてあろう事か盆栽の手入れを始める
彼は空気の読めない男では無い。それを知っているからこそ、それを態々する理由が分からず、不可解と言いたげに左馬刻は舌打ちをする。怒鳴る事をしなかったのは、先程の銃兎達のやり取りで戦意を喪失しているからである
「この手入れを疎かにしてしまえばオヤジに怒鳴られますから。少しの間だけでもご勘弁を」
パチンパチン、シュッシュッ。この場に似合わない音が何度も響く。殺気立った左馬刻と穏やかな廉貞。正反対の2人が共存し、手入れの音が鳴り続けるこの空間は異質だ。そんな異空間で声を発したのは廉貞だった
「………これから話す事はただの独り言です」
突然何を言い出すのかと左馬刻は凭れていた上半身を少しだけ起こし、手入れを続ける廉貞を見やる。彼は仕事だからと楽しくもない手入れをしている筈なのに微笑みを盆栽に向け、世間話をする様な声色で言葉を続けた
「少し前に妹と喧嘩してしまったんです。きっかけは本当にくだらなくて、でもその時の私はそれが許容出来なくて……」
自嘲じみた笑みは何を意味するのか。本来の左馬刻なら“下らねぇ話するなら出ていけ”と怒鳴るが、彼の話の内容が内容でその言葉が何処かへ消えていた
「ずっと言い争いをしていたんです。話の収拾がつかなくなった辺り、私は遂に感情に任せて妹の頬をぶってしまったんです」
────パチン、と乾いた音と共に、不要だった枝が盆栽鉢の横に静かに落ちた。
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刹那(プロフ) - クリームソーダ好きさん» クリームソーダ好きさん!応援ありがとうございます!これからも楽しんで頂けるよう頑張ります! (7月8日 17時) (レス) id: 474b3cc025 (このIDを非表示/違反報告)
クリームソーダ好き - とっても面白いです、!応援しています! (7月8日 11時) (レス) @page39 id: 4c76633c5c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:刹那 | 作成日時:2023年6月4日 10時