【炎炎】第7の日常 弐

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濡れる石畳を踏んで、露地門までやってくる。
この門とは長い付き合いだが、本当に立入の悪い門だ。
どちら様ですか、と門を開く手に力を込めた。
しかし、その時、息が止まった。


なんで



今、一番会いたくない



『若…』



戸を開けた先には、不機嫌極まりない顔をした紅丸。
久方ぶりに、自分の名を呼ぶその声を聞いたと思う。
忘れかけた声に、再び怒りが浮上する。

あの夜以降、2人は口をきいていない。
避けているのだから、当たり前だ。
朝起きる時間、夜眠る時間。
詰所に帰るタイミング、ルート。

何かも可もずらして
顔を合わせないようにしてきた。
それでも詰所に居るのが苦痛で
ここに逃げてきた葵。




どうして、追いかけてくる




あの日以降、紅丸は一皮むけた。
頭として、自信が大内なりついたのだろう。
小隊長としては、その事は喜ばしい事だ。
ただ、“相模屋 葵”としては全く別の事を思う。

もう終わった事なのに、あの日の黒が押し寄せる。

目の前の紅丸が映像に
発する声が雑音に成り下がる。


「何で、詰所に帰らねぇ?」

『私が何処に行こうが、勝手でしょ?
今回は伝えてある。だから、若に言われる筋合いはない』

「そういう事じゃねぇだろ」

『じゃ、どういう事?
若だって、お酒を飲んで帰らない事あったでしょ?
私、それを1度でも責めたことあった?
こういう時に、自分の事を棚に上げないで』


ああ言えばこう言う、不毛な争いだ。
放つ言葉が棘を持つ。

早く終われと願う。
それが態度に出たのか、
逃げようとする細い手首を掴まれる。


「逃げんな」

『放して…』

「お前に話があるって言っただろうが。いいから、帰るぞ」


捕まれている手首が痛い。
こっちに来いと、紅丸が葵を引っ張る。
葵が蚊の鳴くような声を上げる。


『……………行きたくない』

「あぁ?なんか言ったか」



今度は凛とした声を聞かせる。



『それは大隊長命令なの?』

「そうじゃなかったら、従わねぇのか?」






これ以上、踏み込んでこないでくれ




また毒を吐く葵。
紅丸は、あまり大隊長命令を使いたがらない。
命令とは、上下関係が存在する関係において成立する言葉だ。
それは、紅丸が求める関係とは真逆の関係。
それを本能的に分かっているのか
紅丸は少し傷ついた顔をした。

しかし、葵が、それに気づくことはなかった。

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