【炎炎】第7の日常 弐

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水面に石が投げ込まれる。
脳裏にこびり付いた、
黒が主導権を奪おうと動き出す。
弱まりだす理性で、必死に感情を殺す。
そうすれば、思っても居ない嘘が勝手に並んでいく。


『詰所に居たら、仕事が終わらないの。
急ぎの仕事だってある。だから、ここでしてるの』



分かったでしょと、
葵は掴まれた手首を振りほどく。
至極簡単な動作なのに
如何しても乱暴になってしまう。


私とは違う


苦悩を知らないお前とは違う

お前の様にはなれない




だから、頼む



これで引き下がてくれ。




視線を伏せ、口を噤む。
握った拳に爪が食い込んでいく。
しかし、その痛みが最後の理性を繋ぎ留める。


早く終われ


手先が震える。



早く帰って


感覚が薄れていく。



早く解放して


視界が狭くなっていく。




「葵。怒ってるのか…?」

『怒ってないよ。ただ疲れてるだけ』



果たして本当にそうだろうか?


自分の事なのに、怒っているのかどうか分からない。
しかし、この感情を表すなら絶対に黒だ。
それなのに分からない。
葵は、その感情をありのまま保持できない。
全ての感情は1つの所に集約されて、混ざり合ってしまう。

白にも黒になれない、灰色。
不甲斐ない色だ。

まるで、私の様じゃないか……

そう思う程に、唇を噛む力が強くなっていく。



「だったら…」

『若』


紅丸の続く言葉を制する。
なけなしの理性で、次に吐く言葉を選ぶ。
紅丸が引きがるだけの、理由を用意する。


『終わったら、ちゃんと帰るから。
明日、時間も作る。若の話だって聞く。
だから、もう帰って…』


お願いだからと、消え入る声で懇願する。
そうすれば、紅丸は「分かった」と、言うしかなかった。




曇天が空を覆い、太陽を隠していく。
視界の群青が萎びた色になっていく。
重い足で庭を抜ければ、
自分でまとめた書類が行儀よく
縁側で葵の帰りを待つ。
その有様が、無垢を晒す紅丸と重なる。

イライラする

乱暴に書類を掴み取る。
そのまま破いても良かった。投げつけても良かった。
しかし、葵はそれができず、ただ肩を震わせた。
ぐしゃぐしゃになった紙に、雨粒が1つ落ちる。
空が愚図り始める。


あぁ、また夜が来る。


今度は、永い夜だ。



傷が疼く。
何かが焼き切れていく音だけが
葵の耳に響ていた。

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