その2 ページ6
スーツのポケットに手を伸ばした。
切って持ってきていたPTPシートをつまみ上げ、指先でぷちっと錠剤を押し出す。
落とさないように右手で薬を包んでおいて、ゴミの方はポケットへ戻そうとしたら、彼女に奪い取られた。
「いや何するんですか眼鏡」
「何ですか眼鏡。ゴミくらいちゃんとゴミ箱に捨ててくださいよ」
後で捨てようと思っていたのだ。
眼鏡が曇るのも構わずティーカップを傾けた私の左手から、今度はそれも取り上げる。
首にかかる彼女の黒髪が動作に合わせてさらさら流れた。
「おい眼鏡」
「はい眼鏡」
無表情に答える彼女に忠告する。
「喧嘩を売っているのなら諦めてください。確実に勝ちますから。君が」
「当然です」
「うわー……」
すると彼女がまた長々と話し出す。
「何度も言いますがカフェインがたくさん含まれた紅茶は
中枢神経を刺激するので薬との相性が」
「よくないんですね、分かりました」
聞いていて疲れたので、打ち切った。
奪い返したアールグレイで素早く錠剤を飲み下した。
彼女がぷくぅと頬を膨らませる。今日初めての表情だ。
木が吐息を零すような、やわらかな音で頭上の葉は揺れ動き、彼女の白い肌にかかっていた木陰も同時に揺れた。本当によい風の日だった。
なんだかどちらからともなくため息をついた。
「こんなもの飲むだけでメンテナンスと修理ができるなんて。
人間には便利な面もあると認めざるを得ませんね」
人工の長いまつげが震えて人工の瞬きを繰り返した。
愁いを帯びた視線も口元も人工的で、言葉にはなんの意味もない。
タイトなスカートからのびる引き締まった脚も、丁寧にマニキュアが塗られた薄桃色の爪も、どれだけ自然に見えようとも私たちには意味がない。
彼女は刹那、まぶしそうに目を細めた。私はぽかんと見とれた。
「誰か助けてください」
「___え?私を前に誰かってなんです、誰かって。」
「私も薬を飲みたいのです。この頃とてもからだがおかしい。会社に来ると動悸がします。緊張し、汗が出て、思考が停止します。こうやって昼食をとっている時間は特に変です。
私は病気なのに幸福感で満たされます。もっともっと病気でいたくなります」
不気味の谷現象というものがある。人間に近い機械を作ろうとしているとき、我々は彼らの人間と似ている部分に愛着を持つのだが、ほぼ同じになると、とたんに気味が悪くなる。
私が勤務する会社では、この谷を越えたばかりだった。
彼等は私たちの希望の星だった。
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Deco - 中也さんの五分後最高でした!私もこんなバレンタイン過ごして見たい…… (2018年12月16日 15時) (レス) id: 9c8b9058f8 (このIDを非表示/違反報告)
乱歩君大好き人間(プロフ) - 5分後シリーズ全巻持ってます(自慢) (2018年10月10日 22時) (レス) id: 890e7ee745 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:朱寧 x他1人 | 作成日時:2018年8月19日 10時