春鉛 (ページ30)

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30:怒りと焦りとページ30

「…同僚からでした」

「例の？」

はい、と頷くと松村さんは「ほらやっぱり大切にされてる」なんて笑う。

「どんだけ過保護なんですか。もういい歳ですよ、私」

「それでも心配になるくらい、Aさんが可愛いってことじゃないですか？」

そんなことをサラッと言う松村さんは本当にずるい。
松村さんが私のことを可愛いって言ったわけじゃないくせに胸がドキドキする。

そのドキドキを掻き消すかのようにまたスマホが震える。

映し出される【京本大我】の文字に、思わず漏れるため息。

隣にやってきた松村さんは、ため息をついたわ私の手元を覗き込むと、またひとつ笑う。

「出てあげてください」

「でも、」

「そんだけ鳴らして出てくれなかったら、俺だったら1週間は引きずる」

「そんなに？」

「ん、だから出てあげてください」

ほら、って震え続けるスマホを指さす。

すみません、と松村さんに断りを入れ、ベランダへと出る。

「もしも、「なんで、電話でないわけ？！家着いたら連絡しろって、俺言ったよね？！まさか、どこぞの男にほいほいついてったりしてねぇよな？！」

私が喋り出す前に京本が勢いよく話し出すものだから、思わずスマホを耳から話す。

それでも京本の怒ったような声ははっきりと耳に届くんだから、スマホの向こう側ではどれだけの声量で話してるんだろ。

近所迷惑になるよ、そんな声。

あ、でも坊ちゃんの家は、平民の我が家なんかより防音設備ばっちりか。

「A、話聞いてんの？！」

…なんて考えていたら、スマホの向こう側で京本の声が一段と大きくなって、現実に引き戻される。

「あぁ、ごめん、聞いてる、ちゃんと」

「絶対聞いてなかったじゃん」

姿が見えなくても京本が口を尖らせて御立腹なのはよく伝わってくる。

京本も本当表情がくるくると変わるよなぁ、なんてまた脱線し始めたところで「連絡なんでしなかったの」ってちょっと低いトーンの京本の声。

あぁこれは完全に怒ってる。
それもかなりやばいやつ。

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