77-忘れないで ページ32
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病室の窓から見える並木道。イチョウの木から葉がひらりひらりと散っていく。踊るように舞う葉っぱを何も考えずに眺める時間が最近のお気に入りだった。
余命宣告された春から、半年が経過した。起きているのが段々辛くなってきて、眠る時間が増えた。起きる度に思う。『あ、まだ生きてた』と。
ある時、お隣さんが会話している中で言った。
『最近、死ぬ前にしたかったことについて考えるんだけどね。できなかったことばかり思い出すの。人間、やった後悔よりもやらない後悔が残るって本当なのね。だから、貴方もやらない後悔は残さない方がいいわよ。残したまま逝ってしまったら、化けて出てきちゃうかもしれないからね。会いたい人がいるならあった方がいいわよ。絶対に』
『……貴方の、やらない後悔って何だったんですか』
そう尋ねるとお隣さんは片目を瞑りながら『そうねぇ、1番はハンバーガーを食べたことがない事かしら』とお茶目に言ったので、笑ってしまった。
そんなお隣さんは数日後に亡くなった。人は静かに、でもその人を想う人の心に大きな痕を残して逝ってしまうのだと思った。少しの間時間を共にしただけの私すら、イチョウを眺めながら涙を流してしまったのだから。
大切な人にこんな想いはさせたくない。私が今背負っている悲しみを背負わせたくはない。
「もう、すっかり秋だね」
ベッドの側の丸椅子に座って母が言う。
うん、と声なく頷く。
「紅葉も好きだけど、私は桜の方が好きなのよね。春になったら、一緒に桜を見に行こっか」
母はよく私が退院したらを語る。
夢物語を語る。
「お母さん、」
「うん、なに?」
「いつもありがとう」
お隣さんのあの会話をしてから、毎日言うと決めたこと。母は目を伏せて「いいのよ、貴方が生きていればそれだけで」と優しい声で言う。
今は秋。私がいなくなっても冬、春、夏、そしてまた秋と世界は廻っていく。母は私のいない季節を過ごしていく。その場面を想像すると、胸が痛んだ。布団をギュッと握る。
「お母さん、あのさ」
「どうしたの?」
「……忘れないで」
涙を含んだ声は震えた。呪いになると分かっていて、言ってしまった。
忘れないで。
私が世界に存在していたことを。
私がいなくなっても、私がいない世界に慣れても。
お願いだから、忘れないで。
母は眉を下げ「忘れない。忘れられるわけないでしょう」と力強い声で答えた。
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紅奈虹夢@虹茶(プロフ) - 大学生っっっっっっっ!今度は逆のナンパだ、、、、よっ!良い!!!!!! (4月11日 15時) (レス) @page50 id: 763d4d21f9 (このIDを非表示/違反報告)
moo(プロフ) - 面白かったです! (4月11日 13時) (レス) @page50 id: e3fdbdb203 (このIDを非表示/違反報告)
さえ(プロフ) - これからもずっと応援してます! (4月8日 1時) (レス) id: 06c640ba36 (このIDを非表示/違反報告)
さえ(プロフ) - だいすきです、、、、心の中で夢主ちゃんに喋りかけててほんとに大切な存在だったのがわかって泣きました、、、完結おめでとうございます!そしてすばらしい作品を創ってくださりありがとうございます!はむスターさんの書く作品全部大好きです! (4月8日 1時) (レス) @page49 id: 06c640ba36 (このIDを非表示/違反報告)
紅奈虹夢@虹茶(プロフ) - ......じんわりくる! (4月7日 21時) (レス) @page49 id: 763d4d21f9 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:はむスター | 作成日時:2023年9月10日 20時