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「あ」
その双眸が映すのは俺が描いた人の性根だ、許されるのならば隠してしまいたかった。芸術にあまり頓着のない、通りすがりの女の子にすら、俺の絵を見つめられたくなかった。
「その絵がどうかした?」言いながら、さりげなく彼女の視界から作品名と俺の名前が記された札を遮るように立つ。
「前見たときよりすごくなってる」
「は?」
「この絵、前見たときはもっとなんか、ぐちゃっとしてて」
ぐちゃ?彼女の語彙力に愕然としながらも、前に見たとき、という言葉に気を取られる。もしかしてと思ったけど、俺の絵を見たことがあるということは、同じ学校の生徒なのではないだろうか。その予想は、外れはしなかった。
「学校の美術室で見かけたときから、よくわかんないけどすごい絵だなあとは思ってたの。なんか前よりどろっとした感じ」
「それは・・・・・・褒めてるの?」
「あ、ごめんなさい、私、絵の良し悪しって分からないんだ、感覚で喋っちゃってるから・・・・・・」
こそこそと声を落として、俺にだけ聞こえる声で彼女は困ったように笑う。「その、Aさんの感覚でいう、ぐちゃっととか、どろっとと言うのは」どういう意味なんだろう。そう尋ねると、彼女は口元に手を当てて、もう一度俺の絵を見つめた。
「なんか、怖い絵だなあとは思うんだけど」
ぐるぐるしてるし、この赤いのなんか血みたいだし、そもそも何を描いているのか分からないし。
容赦なく吐き出される酷評に打ちのめされなかったとは言わない。けれど、彼女は続けた。「見ていると取り込まれそうっていうのは、今見てきた他の絵にはなかったから」ふと、彼女が俺から顔を逸らすように絵の端を見上げた。偶然だったんだと思う。
だけど、俺はその角度が見せる表情を知っていた。
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作者名:やなぎ | 作成日時:2024年1月18日 11時