nkm/大好きな君へ。 ページ26
「うん、喜んでくれたみたいで良かったよ」
目の前に並べられた彩り取りの品々。私の好きな物ばかりで机が埋められている。どれも料理を不得手とする彼が作ったとは思えないほどの風格を放ち、申し分の無い出来栄えだ。これらを独り占め出来る事が彼女の特権と言うものなのだろうか。
料理を舌に乗せ、あまりの美味しさに頬が緩むと、つられる様に彼も顔を綻ばせる。どれだけ食べても好物達は一向に無くなる事を知らない。人類の食欲をこれでもかと満たしてくる攻撃に、私の幸福感は絶頂に達していた。
食事を本能のまま楽しんでいると、ふと、彼の左手が私の右手に重なってきた。私より一回り差のある大きさと、血の通いを感じさせない冷たさ。ぴたりと覆い被されたそれは骨ばっていて、自身とは異なった生き物だという事実を突きつけられる。接触部からこのまま体の熱全てを奪われそうで、手元に全神経が集中した。
「ねぇ、何か感じない?」
晩御飯のリクエストを尋ねるかのような口調で彼が言った。表情はそのまま、けれど何かが違っている。気味が悪くて、返答もせぬまま料理をかき込む事にした。お皿が遠い。箸を持つ手が震える。先程から地面は揺れ始め、目の前の彼が渦に巻き込まれていく。それでも脳が先へ進めと求めていた。求めているのは食事か、彼か、それ以外か。分からない。わからないけれど、私はこれを食べなくてはいけない。また一つ口に運ばれていく。せっかく作ってくれたんだもん。異物が喉を通過する。つくって、くれて。おいしい。おいしいよ。
頭がぼーっとして、段々身体も言うことを聞かなって、彼の顔すら朧気になって。口の中にもはやあの多幸感は残されていない。瞼が重力に従おうと意志を持っている。指先の冷えを感じる。喉は震えない。それでも最後の気力を振り絞って、愛しい彼の顔を見つめた。
「そっかぁ…そうなんだね。Aは最期に、こんな顔をするんだね…!」
そこには確かに、顔を綻ばせた彼が居た。
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作者名:えん | 作成日時:2023年9月26日 17時