【WT】貴方と紡ぐ【短編集】 (ページ24)

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暫く、彼女の事だけを考えていた。

ご飯はきちんと取って居るのだろうか。火遊びばかりで睡眠は足りているのだろうか。変な男にぶつかって、日々の安全が脅かされては居ないだろうか。

昔、一度だけ彼女に、俺を傍に置いてくれと頼み込んだ事がある。Aの事が心配だ、と。
それを聞いた彼女の、あの地面に這いつくばった羽虫を眺めるような、そんな表情は今でも忘れられない。表面上は優しく受け流していようとも、彼女が心からそれを拒否している事が分かってしまった。

「気持ち悪ぃのかな、俺」

両膝の間に顔を埋め、はーと短く息を吐く。幸福が逃げていきそうで、けれどこの状態より不幸とは何なのだと開き直った。

食事はとらなかったし、着替えもしなかった。
彼女から、連絡が来るかもしれないから。

所詮はセフレ。己の為他人を利用する生き物なのだ、いつ気が変わろうと不思議では無い。
彼女が全ての人間との約束を破られ、そして最後に俺の元を何食わぬ顔で訪ねてくれれば、それで今夜の苦しみ全てが報われるような気がした。

玄関先に座り込んだまま、壁に体を預ける。スマートフォンを握りしめたまま瞼を閉じてみたが、意識ははっきりしたままだった。

「…馬鹿みてぇ」

自嘲の言葉を吐こうとも、慰めて欲しい人間はどこにも居ない。

ふと、自分の頭の中に、昔耳にした和歌が浮かんできた。何処で聞いたのかもわからない、昔の歌。

今来むといひしばかりに長月の
有明の月を待ち出でつるかな

秋でも無いし、月も見えない。
この和歌に己を重ねるのは少々乱暴な気がしたけれど、それで良かった。俺の傷口を舐めてくれるのなら。

かつてこの世を生き永らえていたであろう人間に思いを馳せたまま、俺はもう一度瞼を閉じた。