Marble −茜色の言葉− (12)【名探偵コナン】

降谷の安堵 ページ9

――半年後。



ジィジィと響くセミの声はほんの少し元気を失ってはいるものの、
日中はまだうだるような暑さの残る季節だ。



横目に映る窓から差し込む傾き始めた陽の光に、
Aは軽く片目を細めた。


『失礼します』



深く良く通る声。
短い挨拶を口にしながら物怖じせず足を踏み入れたのは、
公安警察のオフィスだ。




『…』


ちらりと振り向く者はいても、
特に応対に近づいてくる人物はいない。
幾重に重なる緊張感に包まれた空間はいつも通り。



迷わず目を向けた部屋の奥にデスクの主の姿は見えず、
Aは足を止めた。



「あ…降谷さん、ですか？」

『え？』




ふと声をかけられ振り向けば、
そこには須藤の姿があった。


数冊のファイルを手にしているところから、
資料室か警視庁公安部から戻ってきたところだろうか、
と、職業病さながらにAは瞬時に推察した。



「多分、屋上だと思います」

『…』

「さっき、階段を上がっていくのが見えたので」


表情には出さず、
ギリ、と思わず静かに奥歯を噛み締めたA。



半年という時が過ぎようが、
彼のしたことが薄れて消え去るわけでもない。



それでも、

――“不穏分子を排除するだけが処分じゃない”

降谷の言葉を思い出したAは、


『そう、ですか。
ありがとうございます』


と、何食わぬ顔でお礼を口にした。


Aが事情を知っていることは本人が知るはずもなく、
軽く会釈をして、分厚いファイルの書類に目を通し始めた須藤。


『…』


オフィスを後にするAがもう一度ちらりと視線を向ければ、
須藤は、ファイルに目を落としながらPCのディスプレイを眺め、
あくせくと手を動かしていて。




命を賭けて尽くせ。

降谷の言葉は、
須藤にどこまでの影響を与えたのかは分からない。
それでも、彼が今もなお公安警察でこうして任務を続けていることは、
少なからず降谷の思惑通りのはずで。

Aは静かに安堵の息を吐き、
須藤に教えられたとおりに屋上へと向かった。

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