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姫子の決意に、洋平や三笠夫妻もまた柔らかい笑みで応えた。
(―――覚悟を決めたお前は、もうとっくにオヤジが認める立派な“シェフ”だよ……)
つぶやいた思いは、口に出さず
そっと心の中に閉まった。
彼女は今より自分よりずっと、成長して立派なシェフになる―――
洋平は、そう確信していたからだ。
「さて。日が暮れる前に荷物の搬入を終わらせたいし、そろそろ行くか」
洋平の声を合図に、七汐と睦は別の車に乗り込みトラックの後に車を寄せた。
洋平からは新居の住所を聞いており、目的地はナビゲーションにセット済みだ。
いつでも出られると車内から合図を送ると、一矢からもハザードランプの点滅で返ってくる。
「それでは―――真司さん、真矢さん……お世話になりました。浅葱も北里も、元気でな!」
トラックの窓を開け、I-nfinity∞での生活を懐かしむように手を振る洋平―――
とたん、
明日香が駆け寄り、洋平の手に何かを握らせた。
「これ、御守。あたしが作った……
桐島さんこそ、風邪ひいたって誰も助けてくれないんだからね!」
予想外の行動に、掌に握らされたソレと明日香の顔を視線で往復させる。
いつもは自信たっぷりのギャルだと言うのに、今にも泣きそうな表情をしている。
そんな明日香をあやし慰めるように、洋平はポンポンと彼女の頭を撫でた。
「ありがとよ―――。
店のプレオープンには呼んでやる。今日の御礼、しなきゃだしな」
ニカリと口元で光る白い歯に、気の抜かれた明日香もまた、微笑を返す。
本当に―――最後の最後まで、シリアスの似合わない人だ。
「期待してる―――」
空気を読んだ一矢が、トラックのアクセルをゆっくりと踏む。
駐車場を出て大通りの角を曲がり、その後姿が見えなくなるまで
姫子と明日香は手を振り続けた。
別に、今生の別れではない。
店に行けばすぐに会えるし、メッセージアプリで連絡も取れる。
春は分かれの季節でもあり、新たなスタートの季節でもあるのだから。
だけど、もの寂しさが湧き上がるのは
I-nfinity∞の居住者が、“大切な仲間”だから。
こうしてI-nfinityから “家族”が一人、退去した。
世代を繋ぐ杠葉のように
これから大きく成長していく住人達の、未来を願って―――。
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