Glass 64 ：杠葉 ページ42
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春の風が薫る 3月の終わり
Café＆Bar INFINITY∞は終日休業日で、朝からI-nfinity∞のエレベーターには不揃いな段ボールの養生が敷かれ、広いエントランスの隅に並べられた古い毛布の上には、ひっそりと荷物が積み上げられていた。
中型のレンタルトラックが駐車場の一番近くに横づけされたのを見て、エントランスに３客置かれた応接セットに腰掛けていた七汐達は、緩慢な腰を上げた。
朝から、洋平の荷物の搬送を手伝う為だ。
緩慢と言っても、作業で腰を痛めたわけではない。
エントランスの広さに対比して余計に荷物が少なく感じるかもしれないが、男の一人暮らしの荷物などたかが知れている。
引っ越し日は今日に設定されていたが、小物類はこの１か月間で店の準備に乗じて少しずつ運んでいたらしい。
だとすればこの気乗りしない感情は、気持ち的なものに違いない。
洋平が目指してきた“自店を開く”という目標が遂に叶うめでたい日だと言うのに、七汐の心には寂しさの方が勝っているようだ。
丁度一年前、寮を出た七汐の荷運びを手伝い、頑張れと肩を叩いてくれた同僚達も、こんな気持ちだったのだろうか―――。
「おっと、トラックが届いたな―――」
タイミングを見計らったように、エレベーターの扉が開く。
最後の荷物を台車に乗せた洋平が、エントランスに降りてきた。
「トラックも運転できるなんてさ―――
「普通自動車免許でも中型車の運転は出来ますよ。免許取得時期によって、運転できる重量(何トン車まで可)は制限されているけど」
凝り固まった背中を伸ばしながらいつもの軽い調子で話す洋平の背中を叩くと、
七汐は洋平の手から台車の持ち手を奪い、玄関扉に向かった。
何ともない振りをしながらも一回り小さく見える七汐の背中に、洋平はふっと溜息を向ける。
言葉には出さないが、寂しく思ってくれている―――それが、洋平にはたまらなく嬉しかった。
「ま。プレオープンの時は、招待してやんよ！」
「―――……じゃ、店で一番のお薦めを桐島さんの傲りでお願いします」
「えっ……マジ？」
「引っ越し手伝ったお駄賃です」
彼の開く日本料理店は、頭に“高級”の文字がつく、所謂“お高いお店”であり
素材も一流で手間もかかる。当然、一品物でも気安く奢れるような値段ではない。
容赦のない七汐の視線に、洋平は頬を掻きながら「お、おう……」と言葉を濁らせた。
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