Glass 54 ： 変心 ページ5
＊
「いんぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
けたたましい叫び声が、昼下がりの患者待合に轟く。
各診療科に繋がるスタッフヤードで外来師長と気の重い話をしていた七汐も、思わず笑みを零した。
話の腰が折れた師長も
「今日は小児科で幼児期の定期予防接種が行われているのよ」
と、小さく苦笑いを浮かべる。
「いたい、いたい、いたい、いたい!!!!!!おちゅうしゃ、やだぁぁぁぁ」
「まだ打ってないのよ！あ、待って！そっちは危ないから―――」
診察介助に入っていた小児科看護師の慌てた声と同時に、就学前位の男の子が脱兎の勢いで走って来た。
彼の走る先に師長と七汐を見付けたスタッフが、ほっとした様子で連携指示を飛ばす。
「萩原君、お願い」
「よし、任せろ！」
七汐はにんまりと口角を上げると、走って来た男児の両脇をひょいと抱えて捕獲する。
捕まった男児は、鼓膜が割けるかと思う程の高く鋭い声量で「いやだぁぁぁぁぁ!!!!!!」と叫び、小児特有の柔軟な四肢をばたつかせるが、
七汐は片手で彼を抱きながら、ポケットに突っ込んでおいたスマートフォンを素早く操作し、画面を男児の前に差し出した。
すると、暴れていた四肢はぴたりとその動きを止め、食い入るように画面を見つめる。
その隙に追いついた小児科スタッフに誘導され、母親の待つ診察室に抱きかかえていくが、
彼は画面に釘付けになったままだ。
七汐の提示した、予防接種を忘れる位に夢中になる“それ”は 一体何なのか……。
小児スタッフ達が興味深げに男児の手元を覗き込むと、
スマートフォンの画面には、猛スピードでカラーパイロンの間を駆け抜ける赤いバイクが映し出されていた。
彼が動画に夢中になる間、小児科医が手早く
医師の、『そのまま抑えていろ』というアイコンタクトを受け、七汐は隣で申し訳なさそうに何度も頭を下げる母親らしき女性ににこりと会釈を返すと、
男児の左上腕を小児科医の方に向け、両足で彼の足を挟んで抑える。
前腕と肘関節を固定するように把持したところで動画が途切れ、男児は漸く今の状況を理解した。
「あっ」と眼を見開くも、時すでに遅し。
流れるような手技でワクチン接種を行い、
隣に控えていた看護師が阿吽の呼吸でブラッドバンを貼布した。
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