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無言で食器を片付ける七汐の隣で、「ごめんごめん」と軽い謝罪が聞こえるが、七汐は聞こえぬふりを決め込んだ。
洗った食器の泡を、洗い流しながら
祥子は独り言のように話を続ける。
祥子とは年が近くプライベートでも話をすることの多い姫子は、常連客の“翔君”の事をよく話題にするらしい。
明るくて爽やかで眩しい彼は、陰気な自分とは正反対な世界に住む“正義の味方”だと話していた。
時々怪我をしてやってくるのは、悪の秘密結社と戦った名誉の勲章(と言う設定)らしい。
「2.5次元の推し様☆って言ってたわ」
「―――……はぁ」(不憫だな、翔)
常連の翔が警官だという事は一部のスタッフでは周知の事実で、警官イメージから正義の味方(という設定)が出来たのだろう。姫子が気づいたその怪我というのはおそらく、バイク訓練で転倒した際の負傷だが―――今は彼女達の“妄想”を壊すべきではない。
部屋で、ゲームスチルらしき音声に黄色い声を上げて盛り上がっていた何時ぞやの姫子の記憶を思い返した七汐は、複雑な心中をそっと隠し、邪念を振り払うように食器洗いを続けた。
「そんな、
彼女も少しだけ、自信が持てるのかなって―――」
「なる程ね」
「うちは、“七汐君”の味方やからね！」
少し不自然なタイミングでの名前呼びに 視線を向けると、
耳を赤くした祥子は極まりが悪そうに視線を逸らせた。
「まぁ、確かに。
「それって、どっちの―――」
言いかけた祥子の唇を塞ぎ、七汐は不敵な表情を彼女に向けた。
彼女の手は止り、水道水がシンクを叩く音が二人の間に響く。
「ところで、今日の
「―――……食後の珈琲を淹れて。今夜はとことん付き合ってもらいましょうか」
「わぁ、嬉しいなぁ！祥子さんからのお誘い……「英論文の翻訳に」
―――あぁ、そっちですか」
温かい珈琲を淹れた後、斜向かいに座った祥子に教えられながら
七汐は課題の英文訳に取り組んだ。
月が高く上る中、窓の外は粉雪がふわりと舞う。
あの姫子が翔の事を(2.5次元の推しとしてでも)好意的に思っているのならば
今夜のデートも、それなりの成果が得られるかもしれない。
七汐は心の中で、弟の健闘を祈るのであった。
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