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「上司―――？」
問いかけの意味が即座に理解できず、七汐は顔を顰めた。
七汐の直属の上司は横峰看護師長だが、彼女は七汐の目指す診療看護師ではなく、救急分野での認定看護師だ。
(いや、まてよ。 横峰……横峰―――まさか!!)
「部下の個人情報漏洩だ！」
意味が理解できたとたん、一矢に激しい抗議の視線を向ける七汐。だが、睥睨を向けたはずの相手の視線は、別の方向を捉えていた。
一矢の視線の先では、夢やら目標やらの暴露大会で盛り上がるブレストルームの片隅で、洋平が姫子に何やら話しかけている。
人には向き・不向きがあり、それぞれ人生におけるタイミングがある。洋平が、今の姫子にこれ以上の過度な負担を与えるつもりなら、止めなければならない。
そう考えているのは七汐だけではないようで、一矢もまた、微笑む口元とは似つかわしくない鋭い視線で洋平を睨んでいた。
一矢と共に、七汐は二人の会話に耳を傾ける。
「いいか、浅葱―――。INFINITY∞を一人で背負おうなんて思わなくていい。
スーシェフの和泉も全力でサポートしてくれるし、横峰や篠山だってINFINITY∞のリーダーとして今まで通り引っ張って行ってくれる。
ただ一つ。オヤジの我儘を聴いてくれ―――年寄りの戯言だから、聞き流してくれて丁度いい。
オヤジは―――INFINITY∞の厨房を、浅葱に任せたい」
「―――。」
冗談ばかり言っていた洋平の、いつになく真剣な眼差しに
姫子は、息を飲んだ。
尊敬するシェフからの、揺ぎ無い信頼。料理人としてこれ以上の称賛はないだろう。
自分の欠点の事は、姫子自身が一番よくわかっている。
このままではいけない事も―――変わらなくてはいけない事も。
今、その時だという事も……。
彼女がNOと答えた場合、INFINITY∞存続の為には外部からシェフを招く必要がある。
シェフとは、厨房のリーダーであり絶対のルールだ。
料理の腕だけでは決められないし、けして誰でもなれる役職ではない。
一朝一夜で決められるものではない。一矢を始め、三笠夫妻やメンバーもその事は重々承知の上だ。
それを知った上で洋平は、姫子を“シェフ”に指名したのだ。
その重責が―――姫子に重くのしかかる。
「少し―――考えさせてください」
膝の上で両手を握りしめた姫子は、下を向いたまま静かに答えた。
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