＊ ページ28
だが彼女は、あっさりとそれを断る。
今までも繁忙期には調理スタッフとして動いてくれていたが、桐島の代わりに“シェフ”となれば今まで以上にパティシエとしての仕事が行い難くなる。彼女がパティシエとしてI-nfinity∞のメンバーとなった限り、こちらの都合で彼女の夢を奪う事などあってはならない。
真依をシェフに立たせたいなら、INFINITY∞もデザート一本で勝負するだけの覚悟が必要だ。
「まぁ。そうだよな―――」
ふと鼻を鳴らした洋平は、ニマリと姫子の方を見た。
「浅葱……オマエはどうだ」
「わわわわわ、私⁈」
洋平の言葉で、メンバーの視線が姫子に集まる。
姫子はビクリと肩を跳ね、おどおどと声を震わせた。
「桐島から今回の話を聞いた時、後継には浅葱を指名された。俺も、君なら出来ると思っている。
勿論、本人の意思次第だが」
出来る限り優しい口調で、と心がけた一矢のフォローも今の姫子には届いていないようで
突然浴びた注目にパニック状態の姫子は、両手と顔を大きく横に振り、全力で拒否して見せた。
「私なんかに
その慌てぶりは、傍から見ている者からすれば滑稽で可愛らしい。
だが、シェフとして立つには大きな欠点だ。
姫子は―――料理の腕だけで言えば申し分なく一流である。
実際、桐島が不在の時は彼女が味付けを含めINFINITY∞の厨房を仕切っており、十分任せる事が出来るだろう。細部までこだわった丁寧な仕事も、緻密な再現性も、料理人としての向上心や絶え間ぬ努力の姿勢も……その全てを評価した洋平の推薦だが、
ただ一つ―――彼女に欠けている所はその異常なまでの自信のなさだろう。
それは、想定外が起った時の冷静な判断を遅らせる。厨房が回らなければ飲食店としてのINFINITY∞は成り立たない。
誰もが言葉を詰まらせた。
突然の推薦と、彼女の感じている重圧を我が身のように感じているからだ。
七汐も、どう伝えるべきか悩んでいた。口だけの、無責任な言葉はかえって彼女の自信を喪失させるだろう。
「桐島さんの代わりなんて、荷が重すぎて。
私には―――無理です……」
力なく答える姫子の肩に、祥子はそっと手を添えた。
これ以上、彼女を重い空気の矢面に立たせるのは酷だろう。そんな、リーダーとしての配慮が伺えた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 1人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
