Glass 53 :役割 ページ1
*
固く握りしめた手が、未だ微かに震えている。
初めて行った大ホールでの口演発表の時だって、こんなに震える事はなかった。
極度の緊張は、末梢の血流量を低下させるため、手足の先が冷たくなるという。
あれから3時間は経ったと言うのに、思い出すだけでまだ、震えが止まらない。
下を向き、口を固く結んだままの睦の前に、七汐はホットココアを置いた。
「すみません―――……」
漸く絞り出した声は、消えそうなほど儚い。
七汐は自らのホットココアをテーブルに置くと、睦の斜向かいにそっと腰を落とした。
窓を閉めれば防音が行き届いた部屋は、こんな時、やけに静かに感じる。
淹れたてのココアを啜る音だけが
空間の 時間の流れを微かに感じさせた。
「僕は……」
手元のココアが無くなりかけた頃、漸く睦が口を開いた。
”僕は―――”に続く言葉の続きは、
七汐はそんな事を聴くために、彼を部屋に連れてきた訳ではない。
「誰だってある。
この言葉も、何度も返してきた。
それでも、彼の落ち込みは治まらない。
・
・
つい4時間ほど前―――七汐の勤務する救急室に救急患者の搬送依頼があった。
患者は
スキルス性胃がんで、当院にて
到着までの間、電子カルテから情報収集を行いながらも、
同時に、度重なる化学療法の影響で血管が固くなっており、左腕はルート確保困難と情報を得る。
到着した大町櫻は、腹膜播種のせいか腹部膨満が強く見られ、四肢に浮腫が出ている。
腹痛で眉が歪み、顔面蒼白の状態だった。
1人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ