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Glass 53 :役割 ページ1




固く握りしめた手が、未だ微かに震えている。
初めて行った大ホールでの口演発表の時だって、こんなに震える事はなかった。
極度の緊張は、末梢の血流量を低下させるため、手足の先が冷たくなるという。
あれから3時間は経ったと言うのに、思い出すだけでまだ、震えが止まらない。


下を向き、口を固く結んだままの睦の前に、七汐はホットココアを置いた。


「すみません―――……」


漸く絞り出した声は、消えそうなほど儚い。
七汐は自らのホットココアをテーブルに置くと、睦の斜向かいにそっと腰を落とした。

窓を閉めれば防音が行き届いた部屋は、こんな時、やけに静かに感じる。
淹れたてのココアを啜る音だけが
空間の 時間の流れを微かに感じさせた。



「僕は……」


手元のココアが無くなりかけた頃、漸く睦が口を開いた。

”僕は―――”に続く言葉の続きは、病院(職場)でもう、何度も聴いている。
七汐はそんな事を聴くために、彼を部屋に連れてきた訳ではない。


「誰だってある。知り合い(・・・・)なら、尚更だ」


この言葉も、何度も返してきた。
それでも、彼の落ち込みは治まらない。






つい4時間ほど前―――七汐の勤務する救急室に救急患者の搬送依頼があった。
患者は 大町 櫻(おおまち さくら)、35歳女性。
スキルス性胃がんで、当院にて 術後補助化学療法( Adjuvant Chemotherapy)を受けていた事もあり、二つ返事で受領した。

到着までの間、電子カルテから情報収集を行いながらも、 外来化学療法室看護師(ケモナース)の柏木睦に一報を入れておいた。
同時に、度重なる化学療法の影響で血管が固くなっており、左腕はルート確保困難と情報を得る。


到着した大町櫻は、腹膜播種のせいか腹部膨満が強く見られ、四肢に浮腫が出ている。
腹痛で眉が歪み、顔面蒼白の状態だった。

*→



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作者名:kohaku | 作者ホームページ:なし  
作成日時:2023年11月12日 22時

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