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Ber-INFINITY∞においてこのコミュニケーション技術に長けているのは、本業でもその技術を駆使している七汐と睦だ。
特に七汐は巧みに相手の話を傾聴し、客が帰る頃には見違えるほどすっきりとした表情にさせている事が多く、彼に悩みを聞いてもらうために通う固定客も増えてきた。
祥子の近況から推察するに、彼女に対し車を洗いたいと言った相手はおそらく
その“七汐”だろう。
七汐は年齢の割に落ち着いており大人びた思考を持っている。
環境の所為か元々の性格なのかは分からないが、その場に合わせた自分の立ち位置を見つけてそれを演じ、“自分”を“使い分ける”事が得意な器用タイプだ。
INFINITY∞では当初、小生意気な後輩やスタッフの弟役を演じているように見えたが、睦と接触した辺りからは先輩としての自分の立ち位置を器用に演じ分けてきた。
もう一つ、最近の彼の演技の変化は“祥子に強い憧憬を抱く後輩”という仮面。
憧れというよりは、好きに近いニュアンスを滲ませているが、どこまで本気でどこからが演技なのかを測りかねていた。
その“答え”を裏付けるのが祥子の反応だ。
ここ最近は明らかに七汐を意識して見える。一矢の知る祥子は、曲がった事の嫌いな素直な子で、周りに嘘をつくのも苦手であり、実に分かりやすい。
彼等の関係が、単なる職場の先輩・後輩ではなく男女の関係にあることは、祥子の態度から推察できる。
と。どうにも―――
相手を洞察して背景や真意を探ろうとするのは、一矢の前職からの癖だろう。
役に立つことも大いにあるが、やり過ぎるのは単なる節介となってしまう。
今回の場合、祥子の“友達の話”は、単なる彼氏自慢でも愚痴でもない。
恋愛事に不器用な彼女が、男心に悩んで打ち明けたのだろうが―――
後輩ながらに可愛すぎて笑ってしまう。
「どういう意味なのか、本人に直接聞けばいいじゃないか」
「そんなん―――聴けへんよ。“友達の話”なんだから」
「ああ、そうだったね」
うーんと唸りながら前髪を掻き上げては、ちょびりとカクテルを口に含み、再び頭を抱える。
言葉に何か別の意味があるのではないかと疑っているのだろうか。
あれこれと話しているうちに、祥子のオーダーしたカクテルグラスは既に空になっていた。
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