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「あはは!知ってる、困らせちゃった?」
「困る。すげー困る……」
その後も、笑いを堪え切れないと言わんばかりに肩を小刻みに揺らし、「ごめんごめん」と軽い調子の謝罪を口にする。
彼女が、本気で七汐を揶揄って困らせたかった訳ではない事は、知っている。
この笑いは七汐をこれ以上困らせないための演技であり、彼女が見せる精一杯の強がりなのだろう。
暫し声を上げて笑った後、両手で掴んでいた腕を離してうんと背伸びをした。
気が付けば彼女の声は、いつもの甘えたアニメ風に戻っており、
二人の間に漂っていた張り詰めた空気は、いつの間にか流されていた。
「あーあ。若葉が先に見つけたのになぁ……ユエ様。
一回くらいコスプレしてくれてもいいのにぃ〜」
「それ、会った時も言ってたけど、どうして俺なんだ?」
―――INFINITY∞常連の
七汐と違い、翔は社交的でノリもいい。翔と若葉は合コンの一件で互いに連絡先も交換しているはずだ。
彼なら、頼めばコスプレしてくれそうだ。
双子の弟の明るい性格を思い返しながら苦笑いを浮かべていると、
若葉は再び顔に笑みを貼り付けた。
「分かってないなぁ〜七汐君。
推しは、誰でもいいわけじゃないんだから」
「―――え?」
「翔君より、七汐君の方が男受け良さそうじゃない」
「……は?」
冗談めかしく、ちらりと舌を出して見せる若葉に
七汐の顔が、一瞬にして引き攣った。
睥睨を向ける七汐に若葉は「七汐君の恋、応援してあげる」とエールを零す。
先程までとは異なり、その表情がどこか吹っ切れたように感じたのは、
七汐の思い違いだろうか。
若葉に対する申し訳なさを感じ、
”一度くらいコスプレしてもいいか―――”等と安易に考えてしまった事を
けして口外するものかと心に誓った七汐であった。
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