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脳内で次の言葉を探りながら、若葉の返事を待っていると
彼女は両手で腕を抱くように掴み、言い難そうに視線を逸らせた。
「私、七汐君の事―――ちょっと良いなって思ってたから、見ていて分かったの」
(ミスリード、だったか……)
祥子との約束がある為、対外的には特別感を出していなかったはずだが、よもや“女の勘”的なモノに気付かれるとは。
次の言葉を詰まらせる七汐に、若葉は言い訳の様に言葉を続けた。
「若葉の気持ち、知ってたでしょ?」
「……まぁ。好意には―――」
少し前までは、やけに若葉とのBarタイムシフトが重なると感じていたし、
垣間見せる彼女のあからさまな言動は、よほど鈍くなければ大抵の男はその好意に気付くだろう。
これ以上、気づかぬ振りをするのも若葉に失礼であり
ストレートに伝えてくれた彼女に“嘘”を返すのも、誠意に欠けて心苦しい。
「―――好きだよ、祥子さんの事」
七汐の言葉で
両腕を抱えるように握る若葉の手に、ぐっと力が入ったのが分かった。
一瞬歪んだ唇が、彼女がストレス状態にある事を明白とする。
澪と別れた後、“次の恋を”と応援してくれた彼女の気持ちを無下にはしたくない。
若葉の伝えてくれた好意に対しても、どのように返すのが良いのか。
深夜までの勤務に疲れた身体とは反対に、ここ暫くで一番頭を使っているのではないかと思う位、
七汐は返答に悩んでいた。
そもそも若葉は、七汐の気持ちに気付いていながら何故今、それを確認したのだろうか。
俯いたまま、彼女は言葉を発しない。
さらさらとした少し長めの前髪が目元に影を作り、若葉の表情を読み難くした。
静かな深夜のスタッフルームで、二人の間に緊張が漂う。
(ダメだ―――)
絡まる思考に耐え切れず、七汐は正直に口を開いた。
「こんな時、スマートに返せるほど
俺、経験豊富じゃないんだけど……」
しどろもどろになる七汐に、漸く顔を上げた若葉は
一瞬ぷふっと吹き出し笑うと、目尻をそっと拭った。
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