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「本職の職場が同じだったみたいよ―――
なんでも、七汐を尊敬するエピソードがあったんだって」
「へぇ―――」
両手いっぱいに空き皿を引き上げて来た明日香は真依の隣に並ぶと、食器を手際よく片付けていく。
「まぁ。目標や憧れがあるって良い事よね―――頑張る方向性が明確になるし、だからこそ努力も成長もできる。ここんところの睦、凄く生き生きしていると思うわ。最近の姫ちゃんも、そんな感じよね。
彼女の場合は、必死になり過ぎて周りが見えていない……って心配しちゃうけど」
両手を動かしながらも、ちらりと厨房奥の姫子に視線を送ると、真依もまた彼女に視線を向けた。
彼女の直向な努力は認める。
だが、頑張り過ぎて空回ってしまっているのではないかと、真依は同じ厨房組として気をかけていた。
「あの噂―――本当でしょうか?」
「噂?」
「最近の桐島さんがウチらに―――特に姫子さんに厳しく指導するのは、桐島さんが
真依の言葉に、一瞬言葉を詰まらせた明日香。
だが直ぐに肩をすくめては、気だるげないつもの口調で否定する。
「―――……さぁね。
洋平さん、今年
祥子さんも一矢さんも何も言ってくれないし、正直分からないわ」
近日、洋平がINFINITY∞を辞めるという噂がスタッフの間に飛び交っていた。
それを裏付けるように、洋平の厨房スタッフに対する指導が厳しくなったと感じているのは、真依や姫子だけではない。
今や彼がINFINITY∞の味と言っても過言ではない状況である。その噂が本当ならば、INFINITY∞の厨房はどうなるのだろうか―――。
厨房を任される真依や姫子にとって、“噂”は“人事”では済まされない。
噂好きで情報通な明日香なら、何か有益な情報を持っているのではないかという真依の淡い期待は簡単に砕かれる。
これほど重要な事柄だと言うのに、その“噂”には出所も根拠も見えてこないのだ。
「明日香さんの“憧れ”は、祥子さんだよね?」
事を察した真依は何事もなかったかのようにサラリと話を移した。
真依の問いかけに、明日香は間髪入れずに声を張り上げた。
「ええ!まぁ、努力して届く目標と、眺めているだけで尊い“憧れ”とはまた違うけどねぇ。
あたしには、祥子さんのようなカッコいい大人の女性になれないわ」
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