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いつかの祥子の言葉が、脳裏に蘇る。
父の事を大好きだと書いた彼女の思いは、本物だろう―――。
そして、頑張る七汐を応援したいと言ってくれた、あの言葉にも
きっと嘘はない。
「男同士のお話、終わったぁ?」
タイミングを見計らったようにリビング扉を少し開け、覗き込むように顔を出すお茶目な姿の祥子の母に、祥子の父親は「何のことだ」とばつが悪そうに視線を逸らせた。
追いかけるようにバタバタと廊下を走る音がやってくると、血相を変えて乱暴に扉を開く祥子に、七汐も双眸を見開く。
「話?!父さん、萩原君を苛めてないやろうなぁ!!」
「いや、苛められてはないです。綺麗です、祥子さん」
勿論、七汐は祥子の慌て様に驚いたのではない。その姿格好に驚いたのだ。
紺色の落ち付いた浴衣姿に、アップに結われた髪―――
INFINITY∞とはまた違う、大人びて艶やかな彼女を前に、思わず本音が漏れた。
「どうしたんですか、その浴衣……」
「今日、地元の花火大会やねん。ゆうても、ちっちゃいやつやけどな」
――― 一緒に行こうと思て、着替えてみてん。
(え、可愛すぎ。ハグしたい!写真撮りたい! ―――けど、)
斜向かいに座る熊のような男の視線が、七汐の理性を留める。
「浴衣で歩くん大変やろ?お父さん、花火会場の近くまで車で送ってあげてなぁ」
「お、おう―――じゃぁ、免許証を……」
そう言って立ち上がる父親の背を押し、「ついでにうちらも花火観に行こうや」と誘いながら
二人はリビングを出ていく。
仲睦まじい両親の背を見送り、七汐と祥子はふと視線を向かい合わせて笑みを交わした。
今から行くならアイスティを飲み切ってしまおうと祥子に促され、
二人は慌ててグラスを握った。
アイスティの爽やかな香りとほのかな苦みが掠め、乾いた口腔内を潤した。
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